第26話 デス・ゲーム [開始]
エレベーターはその後、数分を掛けて下りていた。
「スーハ―、、スーハ―……」
繰り返し同じリズムでの呼吸を繰り返す。
落ち着いてきたところで、現状得ている情報の整理を行う。
「
マムから聞いた情報には、キメラに関する情報が幾つかあった。
キメラの習性や行動パターンから、そもそもどのようにして創り出されたのか。
習性や行動パターンは、一種の前情報として欠かせない情報だ。
マムの場合、膨大な情報を解析する能力がある。その力を使って、これまでの参加者の取った行動とその結果を解析してくれた。
「重要なのは、捕食の予備動作に入ってからと、その後か……」
マムによると、キメラは捕食の際に二段階の予備動作をするらしい。
そして、始めの予備動作に気が付く事、これが一番最初の分岐点だ。
俺が対するキメラは、
呼び名の通り、腹に口がある。
そして、捕食の際はこの腹の口で捕食を行う。
質が悪いのは、”それ”に気が付いた時には遅いという事だ。
「必至に必死か……」
ここで言う”それ”は、捕食の予備動作の二段階目。
立ち上がった時に気が付いたのでは、既に遅い。
運動神経が良い人が瞬時に全力で回避しても、良くて身体の欠損、最悪身体の半壊だ。
それを考えると、先輩はあらゆる条件が重なって助かったのだろう……身体は欠損したようだが、それでも状況を考えると、最善だ。
ともかく、キメラが立ち上がってからだと遅い。
重要なのは、捕食予備動作の一段階目に気が付く事だ。
「殺気か……」
予備動作と言っても、正しく”動作”ではない。
キメラが獲物を見つけた際の
……は?と思うかもしれないが、”殺気”が予備動作の第一段階目だ。
普通に生活している分には殺気など、意識する機会はない。
しかしそれでも、時々視線を感じる事など無いだろうか?
視線を感じるのは、”興味”である意思を感じ取っているからだ。
殺気の場合、これが”殺意”である意思に置き換わる。
人は普段五感で感じ、五感に頼って生活している。
しかし、野生の生物は五感だけでは無く、直感も使って生きている。
……そうでないと、生き残れない世界なのだから。
人は文明を発達させ、”安全”で”外敵”のいない社会を生み出した。
その過程で、注意するべき敵は他の生物では無く、同じ生物であるヒトになった。
ヒトに注意を向けるのであれば、五感をフルに活用したほうが良い。
相手の表情、仕草、言葉それらに注意する事が自分を守る事になるからだ。
そんな、五感のみで生きているようなヒト、人間ではあっても、他の生物と同じ生き物だ。当然、自然界に投げ出されれば、五感だけでなく、直感も研ぎ澄まされてくる。しかし、ここではそのような”準備”をさせて貰える訳ではない。
「殺気を感じ、気配を
以前は出来た……と言うより、身についていた。
幼少期のキャンプで獲物を獲るには、気配を
しかし、それも約10年くらい前の話だ。
今はそんな必要もないし、機会もないので当然出来るか分からない。
練習出来れば良いのだが、当然そんな事出来ないだろう。
ぶっつけ本番だ。
気配を消し、殺気を感じる。これが今回必須となる。
俺が参加するゲームは、賭ける対象が3つ。
『1.一撃死』
『2.三撃之死』
『3.生還』
1と2は結果が死だ。
当然3に賭けている……死ぬつもりは無い。
それに、俺は……
……どうやら着いたらしい。
浮遊感がなくなり、気配が近づいて来るのを感じる。
エレベーターが開くと、衛兵の格好をした男がいる。
「付いて来て下さい、これから準備室……控室にご案内します」
そう言うと、確認もせずに歩き出した……付いて来いと言う事だろう。
それにしても、
「こちらになります。時間まで、お寛ぎください……*{‘*{‘‘‘#……」
……最後の方の言葉は俺の知らない言葉だった。この国の言葉なのかも知れない。
中に入ると、振り返って衛兵を労う。
「ああ、ご苦労」
「#}{**}’」
何やら答えて衛兵が出て行く。
「……マム、衛兵が言っていた言葉を訳せるか?」
マムは猫の言葉も分かるようになっていた……だけでなく、ネコのボス吉と会話をしていた。そのマムであれば人の使う言語を習得するなど容易いだろう。
「はい、習得済みですので……」
予想通り、既に習得していた。しかし、歯切れがよくない気がする。
「マム、さっきあの衛兵が言っていた言葉を訳して貰えるか?」
「はい、パパ。先ほど衛兵が言っていたのは……”精々恐がれ”と”俺も2に賭けてるぜ”です」
なるほど、どうやら衛兵は俺が言葉が分からないのをいい事に、好き放題言っていたようだ。それに……”2に賭けてる”と言うのはつまり、俺が1回は耐えても3回までに”死ぬ”事に賭けているという事だ。
「なるほど……殺る気が出るな……」
いくら賭けているのか知らないが、死んでやるわけにいかない。
それにしても……
「なるほど、”準備室”、”精々恐がれ”って言うのはこれの事か……」
目の前の一面が、ガラス張りになっている。
そして、その向こうに”それ”がいる。
「キメラの特性を考えると……この部屋は、
このガラス張りの部屋で
それに、何だかこの
「これは恐らく……」
ある程度この後の流れを予測する。
「そうか、それでこの
そう、
だが……
「かえって、丁度良いな……」
そう、俺にしてみれば良い状況だ。
したいと思っていた準備が出来る。
「マム、開始までどれくらい時間がある?」
「はい、パパ。後6分程で開始時刻になります」
思っていたよりも時間がある。
一、二回練習出来れば良いと思ったが、幾つかのパターンを含めて準備出来そうだ。
「そうか、ありがとう。俺の方は良いから、今井さんとボス吉の方を頼む」
後は、俺がどうにかするしかない。
「はい、分かりました……パパ、信じています!」
マムの期待に応えなくてはいけない……まあ、具体的にどうするか説明していないから、俺の考えをマムが聞いたら驚くかもしれないが……どちらにしても今を乗り越えなくてはそれも叶わない。
「よし、先ずは惹き付ける気配からだな……」
そう呟くと、恐怖を
恐怖……”死”……現実感が無い、もっと直接的な恐怖。
恐怖……”先輩の死”……少し恐怖に近いが、どちらかと言うと不安だ。
恐怖……”幸せの破壊”……幸せ……そもそも、昔は幸せを何に感じていた?
思い出す……キャンプで獲った獲物。
始めて自分で獲った、”喜び”そして、みんなで食べた”幸せ”……それがある日失われてしまった。突然だった。中の良かったお兄ちゃんやお姉ちゃんが”親”が出来たからと言って、居なくなった……”喪失”……そして、感じる”孤独”……孤独……孤独に戻る”恐怖”……これだ。
俺にとって最大の恐怖は、”孤独の恐怖”だ。
元々、死への恐怖は薄い。
しかし、今は他の恐怖がある。
新しく出来た仲間……今井さんや先輩、ボス吉、マム……それらを失う恐怖。
恐い……失いたくない……その為に今立ち向かわなくてはいけない。
自然と閉じていた目を開く。
「っつ……ふう……」
目の前に
立ち上がって、腹をこちらに向けている……完全に捕食体勢だ。
「……これが捕食の体勢か……良し次だ……」
順調だ、キメラに俺の恐怖が伝わったという事だから……
それにしても、キメラは本当に”恐怖”を感じ取るようだ。
一瞬驚いたが、情報通りで安心した。
キメラの様子を見るに、戸惑っているようだ。
「これが……”空気”……そして、これが……」
次に想像するのは”殺気”……向けられた瞬間”死”を感じる気配。
具体的なイメージをする。
……
当然だが、素手で岩など砕けない。
しかし、イメージは具体的であればあるほど良い。
それらイメージを一瞬でまとめ……開放する。
「ほう……そうなるのか……」
俺が”殺気”をキメラに向かって解放した瞬間、立ち上がっていたキメラが仰向けに倒れた。
「……」
そんなに強い殺気を解放したわけでは無い。
あくまでも、反応を見る為にイメージを限定的に固めて解放しただけだ。
……しかし、どうやら”猫騙し”の状態になった様だ。
始まってから同じ事が出来れば、問題なく目的を達成できるだろう。
「もう直ぐか……」
体感でだが、あと1、2分で始まるはずだ。
「……起きるよね……?」
目の前の
「まあ、大丈夫か……」
本来、命を懸けた戦いのはずなのだが、目の前で腹を見せて寝ている姿を見ると、なんだか気が抜けてしまう。
「……本当に大丈夫かなぁ……」
そんな事を思いながら、改めてイメージの補強をしていると、ブザーの音と共にその時が来たことを知った。
「あ、やっぱりそう開くんだ……」
目の前の一面ガラスの壁が、ブザーの音と共に上に上がって行く。
そして当然、ガラスの壁が無くなった後には、目の前にキメラがいる事になる。
「いや……起きてよ……確か、
ゲームが始まったというのに、一向に動く気配のないキメラに視線を向けながら、どうしたものかなと立ち尽くすのだった。
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