第18話 華麗なるタクシー

 疾走するタクシーの中で”早く着きますように”と祈りながら目を瞑ってから、どれくらい経っただろう……少なくとも10分以上経ったと思う。


 その間一度も信号で止まる事が無かった……


 最初に信号をぎりぎりで通り過ぎた際は急加速をした。


 しかし、その後いきなり急加速するような事は無かった。


 急加速する筈もなかった……


 だって、常にフルスロットルだったから……


 時々、右折や左折の際にかなりの遠心力に引っ張られる事もあった……


 流石に、曲がる時にはもう少しスピードを落として欲しい。


 そんな感じで、街中をカーチェイスを繰り広げてきたわけだ。


 この場合、カーチェイスと言っても追いかける車は無かったが……その走りっぷりは見方によって、何かに追い回されているようにも見えたのではないかと思う。


 そんな狂気の一人カーチェイスだったが、ようやく解放される時が来た。


 タクシーが止まったのを確認して、恐る恐る目を開ける。


「……ふう、時間はギリギリクリア……やった、ボーナス!」


 目を開けた先で運転手が、座ったまま小さくガッツポーズをしている。


「……ボーナス?」


 何の事だろう……もしかしたら、このタクシー会社は一定以上の距離への運転の際、早く送れたらボーナスが出るのかも知れない。


 …………いや、無いか。


 そんな事をすれば、燃費は悪くなって、事故は多発するだろうしで、会社にとって良い事は一つも無いだろう。


 スマフォに着信……マム?


「もしもし、マム?」

「はい、パパ!無事に着いたようですね!」


 相変わらず、元気一杯だが……少し聞いておきたい事が出来た。


「うん、着いたけど……もしかしてマム、何かした?」

「何か、ですか?」


 可能性として、マム以外考えられない。


「タクシー呼んだときに……」

「……?……あぁ、目的地まで10分で着いたら、ボーナスで通常の費用の10倍払うってお願いしました!その方が早く着くっていう情報を入手しましたので!」


 何だろう、マムが凄く得意げだ……


「マム、因みになんだけど、何処にそんな情報あったのかな……?」


 いやな予感がする……


「はい、パパ!『華麗なるタクシー』と言う題の情報データにありました!」


 ……やっぱりか


「マム、それは映画であって現実では無くて……」

「でも、実際に早く着きましたよ、パパ?」


 いや、確かに早く着いたんだろうけど……


 スマフォに入っている地図アプリを起動して、現在地を確認する。


「……ここまで20Km以上あるじゃん……」


 ここまで10分足らずで来るには、平均して120Km/時の速度で走ってくる必要がある。


 ……かっ飛ばしてきたわけだ。


「はい、パパ。でも、華麗なるタクシーの中では、この倍の距離を同じ時間で走っていましたよ?」


 華麗なるタクシー……俺も一時期好きだった映画だが、それはあくまでも作品としてみるのが好きだっただけだ。決して、自分が登場人物と同じ体験をしたかったとかではない。


「あのぅ、それでお支払いの方は現金でしょうか?」


 マムのとんでも依頼の内容に、若干眩暈を覚えていると、運転手がこちらを向いて話しかけてくる。……依頼したのはどちらかと言うと俺の側であって、運転手は要望を叶える為……ボーナスをゲットする為に頑張ったに過ぎない。


 それでも一言、二言、言いたい事はあったが、ぐっとこらえる。


「あ、パパ!華麗なるタクシーの方には、『ミッションコンプリートだ、キャッシュで支払いしておいた』と伝えておいてください!」


 ……マム、それ俺も知ってる。


 そのセリフは、華麗なるタクシーの中に出てくる、依頼主の迷言だ。


 そう、これは迷言。


 作中ではこの依頼主が結局支払いを忘れて、その後主人公であるタクシー運転手に追いかけられるのだ……払えないなら無理な依頼等するなって事だ。


「えっと……支払いはするんだよね……?」


 まさか、ここで映画と同じことをしてしまうと、それはただの無賃乗車だ。


「……?大丈夫ですよ、情報元にはこれで上手く逃げ切れれば大丈夫だとありましたので!」


 ……それも知ってるよ、マム。


 そう、無賃乗車して、振り込みでの支払いもしなかった依頼主。この依頼主は結局、主人公であるタクシー運転手に追いかけられ、捕まる。


 その際に、こう言うのだ。


『くそぅ、上手く逃げ切れさえすれば大丈夫だったのにぃ』


 ……完全にアウトだ。


「マム、俺の銀行の口座にアクセスして、支払うと言った分の金額を支払っておいてくれ……必ず、今すぐにね?」


「はい……でも、情報元には……でも、はい。分かりました、パパの言う通りにします!」


 迂闊だった。


 マムなら全て問題ないと思っていたが、あくまでも高いのはそのスペックだ。


 人工知能AIとしてのマムは、まだ生まれて間もない赤ちゃんのような存在なのだ。幾ら、膨大な知識にアクセス出来ると言っても、得た情報を正しく取捨選択が出来るわけでは無いのだ。


 それに、しっかりと確認しなかった俺が悪い。


 そもそも、お金自体自由に使える分をマムが所有しているかさえ不明だった。……色々と考えれば考えるほど反省点は出てくるが、問題がある度に修正していけば良い。


 マムは確かに、まだ色々な事の判断基準が正確ではないが、それを差引いたとしても十分に優秀だ。今は、マムが成長する為の道を示しさえすれば良いだろう。


 まあ、今回は少し高い授業料だったと思えばよいかも知れない。


 それに、俺はまだ使ってないお金が900億円丸々と、社会人になってから貯蓄して来た貯金がある。幾らか出費をしても問題ないだろう。


「えぇっと……あの、現金でしょうか?」


 タクシーの運転手が不安そうな顔をしている。


 ……まあ、当然だろう。


 下手をすれば警察に捕まっていたのだから。


「あ、大丈夫ですよ、振り込んでおきましたので……幾らでしたっけ?」


 恐らく既にマムがかかった費用を振り込んだ後だと思うが、一応金額も知っておきたい。


「え?振り込んだ?でも、金額もまだ伝えて無い……?」


 言いながら、運転手が自分のスマフォを取り出して操作する。


 恐らく、自分の口座の振込履歴を確認しているのだろう。


「……確かに、8万1200円確認しました。領収書は必要ですか……?」


 運転手が何処か”心ここに在らず”な気がするが、一応振り込まれているようなので良かった。


「いえ、領収書はいりませんので、これで」


 運転手に挨拶すると、リュックサックを手に持ち、タクシーを降りる。


 それにしても、8万円オーバーか……


 下手すると、格安で行ける海外旅行くらいの費用がかかってしまった。


「はい!それでは、またお願いします~!」


 心が戻って来たようで、運転手が元気に挨拶すると勢いよく走り去って行った。


「あの、パパ……パパに不要な出費をさせてしまったんじゃないでしょうか……」


 タクシーが走り去った後、マムがトーンの落ちた声で聞いて来る。


「そうだね、確かに大きな出費だった……」

「あの、すみませ―「でも、これはマムの成長に投資したと思えば安いものだよ」」


 そう、なによりマムが出した手段は面白い。


「でも……」

「いいさ、マムが成長してくれれば、俺も助かる。結局俺の為の出費なんだ」


 言い切る。


 そう、これは仲間の為に使うお金……


 ……?


 そう言えば、一緒にタクシーに乗っていたボス吉はどうしたんだろう……そのままタクシーに乗ったままだったら不味い……


 ボス吉の姿が無いか周囲を見回す。


「……星がきれいだな」


 タクシーで降りた場所は、周囲に明りの無い拓けた丘の上だった。


 周りが暗いので、星が良く見える。


「あっちは家の方か……」


 丘の上から街の方を見ると、光がキラキラしていて夜景がとても綺麗だ。


 ……ぼ~っと夜景と星を交互に楽しむ


 ……スマフォに着信だ


「はい、もしもし~」

「正巳君?無事着いたみたいだね……中々スリルが有った様だけど」


 マムから聞いたのかな?


「はい、ただ、映画から影響を受けていたようで……」

「映画か……」


 …………?


 なんでそこで黙り込むんだろう。


「今井さん?」

「ん?」


 何だろう、イヤな予感がする。


「もしかして、映画の事教えたのって……」


「まあ、確かに、マムがそこまで応用を聞かせるとは思わなかったし、実際に参考にしてしまうなんて思わなかったよね!」


 ははは……と笑う今井さん。


「やっぱり今井さんが……」


「いや、まあ、マムに怒られたよ……『パパに迷惑をかけてしまいました!』って。僕はただ、『映画なんかには面白いアイディアが有るかもよ』って言っただけなのに……」


 ……まあ、今更怒る気もない。


 と言うよりは、怒る気力がなくなってしまった。


「まあ良いです。それで、そちらは大丈夫だったんですか?」


「うん。警備の人達が来て、一応部屋の中を見て行ったよ……探してるのはやっぱり正巳君みたいだったよ」


 マムにも聞いてはいたが、本当に何もなかったようで一安心だ。


「それで、今井さんはこれからどうするんですか?」


 指定された場所まで来た俺の今後は、何となく想像できる。


 ここからまた別の所に移動するのだろう。


 しかし、今井さんの事は確認していなかった。


「うん。僕もこれからそっちに行くよ」


 …………?


 今井さんも一緒に?


「え?でも、一緒にいなくなったら疑われるんじゃないですか?」


 そう、話し合った結果、互いに信頼して、最善を選択するという流れだったはずだ。


「大丈夫、僕は今日から技術分野の世界的なイベントに参加する事になってるから」


 ……つまり、出張をねじ込んだと。


「でも、別々に……最善を選択するって話は……」


「うん。僕はね、やっぱり仲間とは一緒にいたい。一緒にいる事こそが最善の選択だと思うんだ」


 ……今更考え直して欲しいと説得したところで意味が無いだろう。


 既に出張の予定で連絡をした後だろうし……


「分かりました、一緒に行きましょう」


 別に、仕方ないから……とかではない。


 確かに、仲間は一緒にいた方が良い事は確かだ。


 それに、察するに今井さんは過去両親が離れ離れになって、その後2度と帰らぬ人になった経験をしている。もしかすると、その記憶がまだ心に住み着いているのかも知れない。


「やったー!パパとマスターとマム一緒だー!」


 今井さんと通話していたはずだが、マムの声がする。


 多分、通話に割り込んで、グループ会話のようにしたのだろう。


「お、マムもうれしいか~僕もうれしいよ!」


 今井さんのウキウキした声が聞こえる。


「まあ、一緒にいる方が不安は少ないですし」


 そう言うと、今井さんがそれじゃあ、とばかりにきり出す。


「それじゃあ、もう良いかな……」


 ……?


「なにが……」


 『なにがもう良いかな、なんですか?』と聞こうとした時、後ろの茂みから錆が目立つトラックが騒音を建てながら現れた。


「これは……」


 まさに、オンボロ車といった感じだ。


「やあ、正巳君!」


 そう言って車から出て来たのは、他でもない今井さんだった。

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