あの空の下に帰る日まで。

@gokuryu1003

第1話始まりの日。


朝の日差しが孫登の目を優しく包み込んだとき、彼は目を覚ました。


「ん~。もうこんな時間かぁ。早くおきなきゃ、、ふわぁ~。」


同室で寝ている太史慈を残し、孫登は顔を洗いに部屋を出た。屋敷の外壁から聞き覚えのある声が発生練習をするかの如く聞こえてきた。


「甘寧さん頑張ってるなあ。こんな朝早くから、、。そういえば今日鍛えてやるから昼から訓練に付き合えって言われたけど、どうしようかな、、。」


半分寝ぼけた感じで歯を磨きながら考えていると、背中をどんっと叩かれ半分吹き出してしまう。ジト目で後ろをふりかえるとそこには幼なじみの孫尚香がいた。


「おっはよ!ねぼすけさん!」

「はは、、おはよ、、。」


口をひくつかせながら孫登は尚香の挨拶を適当に流すと部屋へと歩き出した。


「な~に~?朝からご機嫌ななめ?」

「別に、、。尚香は今日も元気だね。」

「そうかな~。あたし結構センチメンタルだよ?」

「いや関係ないし!」


孫登は部屋の前まで着いてくる尚香に気がつくと踵を返し、人差し指をつきつけて言い放った。


「あのね、昨日負けたのは尚香が途中僕を笑わせたから!絶対今日ラーメンなんておごんないからね!」

「え!ずるいよ~。昨日の肉まん大食い対決に勝った方が今日の飯全部おごるって約束じゃん~。」


やれやれと孫登は肩を落とし、顔を明後日の方へ向けるとビシッと指を指した。


「あ!あんなところに周瑜さんが!」

「え!どこどこ!周瑜さま~♪」


言うが早いか尚香は駆け出す。ニヤリと笑った孫登はすぐさま部屋の扉を開け、入ると鍵を閉めた。


「ふ。ひっかかりやすさが命とりだよ、尚香くん。」

「何が命とりだって?」


後ろで声がしたのでふりかえると寝床に腰かけた太史慈がジト目で孫登を見ていた。


「あ!おはようございます!太さん!起きてたんですか。」

「お前達の声がやかましいから起きたんだよ、まったく、、。」

「へへ、、。今日は巡回の日ですよね?僕も連れていって下さい!」


孫登が目を輝かせながら言った。


「お前あれだろ?露店を見に行きたいんだろ。何か買いたいものでもあるのか?」

「それは、、秘密です♪」


孫登の期待の眼差しに根負けした太史慈は孫登に顎で指図しながら支度の準備を促す。


「わーい!恩にきます。太さん♪」

「父上に感謝しとけよ。あそこまで皇太子の身の上のお前を自由奔放にさせるお方はなかなかいないぞ。」

「わかってますよ~。」


三国で一番の賑わいを見せる商業都市、長安。交易の要として発展したこの都市は異国からの貿易の窓口としての役割も果たしており、様々な民族文化の影響を受けた結果、独自の文化形式を見せている。そして発展する都市には犯罪も自然に多くなる。ここ長安も例外ではない。


「着いたぞ、おい。」


太史慈は乗り合い馬車で寝ている孫登を軽くこづき、なだらかな平原の終わりに優雅に建ち並ぶ都の門へ降り立った。


「……さすが長安。色々あるなあ。」

「異文化の交流が盛んな土地だからな。交易品から始まって、果ては人まで様々だ。」


門をくぐり、川の流れの如く行き交う人々を縫うように二人は詰所へ歩いていく。


「孫登、もう一度言うが俺達は遊びにきたんじゃない。近衛兵として長安の外周を警備しにきたんだ。露店巡りは役目が終わってから…おい孫登!!」


途中までついてきていたはずの孫登がいないことに気づき、太史慈は慌てた。はぐれた…というか途中あった露店通りで孫登がきょろきょろしていたからおそらくその辺りにいるのだろうと太史慈は思った。


(あいつ…。まったく、孫権様も孫登を甘やかしすぎだ。誰にでも優しいところは立派だが、それ故つけこまれやすい。)


太史慈は足早に来た道を引き返す。すると露店通りの道に人だかりができているのを見つけ、太史慈は嫌な予感を隠せなかった。案の定、人の輪の中心には見覚えのある顔がいた。孫登だ。だが傍らには一人の女性が孫登の肩に寄りかかり、孫登が支えているように見えた。そしてそれに相対するように人相の悪いいかにも山賊風の男が3人、ニヤニヤしながら孫登を見ている。


(まったく…もう何かに巻き込まれたのか。)


太史慈はため息をつく。すぐに間に割って入ろうと思ったがもう少し様子を見る事にした。


「ようよう!兄ちゃん!俺達がどういう身分か、知ったら驚くぜぃ!何とあの太平道を読み解き、奇跡の道術を体得した張角様直属の親衛隊、真黄巾隊じゃあ!」

「その女はなぁ、俺達にぶつかって持っていた丹青(絵の具)を見事にぶっかけてくれてよぉ。そのお礼をせんといかんのよ、だから早く渡しな。ケガせんうちにな。」


孫登は怯える女をなだめると3人の男達をキッと睨んだ。


「たかが服が汚れただけだろ?大の男が3人がかりで女性を弄ぶなんて恥ずかしくないの?」


孫登は男達に立ちはだかるように理路整然と言い放つ。その言葉に男達の顔が憤怒の顔へと豹変する。そして腰に差した剣に手をつける。


「兄ちゃんよぉ、俺達黄巾隊への侮辱は張角様への侮辱だせぇ。ここは天下の往来だがそこまで言われて退くわけにはいかねぇなあ。可哀想だが死んでもらう!」


言うが早いか隊長格の男が剣を引き抜き、孫登に向かって走り出す。孫登はそのままピクリとも動かない。


「くたばれぃぃ!!」


渾身の力で振り下ろされた剣は孫登を確実に捉えたかに見えた。しかしその剣撃は空しく虚空を薙いだだけだった。


「!?」

「どこ見てるの?こっちこっち!」


山賊が慌てて態勢を立て直し、辺りを見回していると頭上から急降下する影が一つ。そして目にも止まらぬ速さで男に接近すると突如走った一筋の剣閃と共に男が構えていた剣を叩き落としていた。


「な、馬鹿な!?」

「まだやるかい?今度は手加減しないよ。」

「…その顔、覚えたぜ。このままじゃ絶対済まさねぇからな!!」


分が悪い事を感じた男達は歓声が沸き起こっている群衆に怒鳴り散らしながら掻き分け、人ごみの中に消えていった。


「大丈夫?」

「あ…ありがとうございます。私のためにごめんなさい…。あの、あなたは大丈夫ですか?あの方達、仕返しにくるような事を…。」

「僕は大丈夫!あなたのような民を守る立場だから気にしないで。」


孫登は笑うと女の手をとって起こした。よく見ると女は目鼻立ちの整ったかなりの美女だった。


「じゃあ気をつけて!ちょっと人を待たせてるから。」

「あ、あの!よかったらせめてお名前を…。」

「僕?僕は孫登!じゃあね!」


孫登は人ごみを掻き分け、すぐに群衆の中に消えた。


「孫登様…。」


女は孫登の消えた先を見つめながらつぶやいた。


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