75話Zero2/乱戦

 馬の下半身を持つ変異体の持つ大剣は、砂煙を掻き切るように振るわれ、アンナの胴体を斜めに斬りつけるようにすり抜けていく。


「くぅ……!」


 突然の出来事で反応が遅れ、ワンテンポ遅れて後ろにう飛びながら火の玉を放つも安々と切り払われてしまう。


「アクアバズー━━」


 ワンドの先を向け、水の柱を放出しようとした矢先のことであった。

 流れる動作で大剣が投擲され腕ごと弾きとばし、ワンドは手から離れ宙を舞う。


「━━カ!!!」


 が、アンナは魔法を無理矢理発動させ1本の水の柱が2人を隔て、ワンドは宙高く何処かへと吹き上がっていく。

 そして逃げるように変異体から距離を取り始める。


「何時の間に!」


 あの距離をこの短時間で詰めてきた相手。加えて障害物もお構いなし。極めつけは単純な戦闘能力では到底叶わない。


「ファイアキュート」


 そして、ワンドも手元から離れてしまっている。変身し直せば再生成が可能だが、再変身にはどうしても若干のタイムラグが発生し、もし変身を解いる状態に奇襲されてしまえば死は免れないだろう。再度変身するにはある程度安全を確保してからにしなければならない。

 基本能力が違いすぎますね。1人でどうこう出来るレベルを超えてます。何なんですかアレは。


『すみません。足止めするはずが、此方がされる構図になりました。次、補足されると恐らく為す術なく落とされると思います』


『いや、アンナのせいじゃない。エミリアはまだフリーか?』


『此方も補足されてるっての!』


『了解。アンナ一つ頼みいいか?』


『何なりとどうぞ』


 ユニーちゃんから一つの提案が成され、私は2つ返事で了承した。


「ま、妥当ですかね」


 この状況で、私は"足手まとい"にしかならない。

 両者に向けて居場所を告げるようにトゲに向けて火の玉を放つ、直ぐに次のデフォルメされた火の玉を生成していく。

 直後、先程と同じ要領で邪魔なトゲを矢で破壊され砂煙が立ち昇り、ゆっくりと近づいてくるシルエットが確認出来た。


『私から、20メートルから30メートルほど先です』


 よって、この場は囮として一旦動く方が都合が良い。


「ヒューマン━━」


 アンナが報告した先に向かって一つの白い小さな生物が飛んでいき。


「━━変体!!」

 

 ソレは股間が光り輝く、ムキムキマッチョマンの変体へと体が組代わり、腕を振りかぶっていた。


「歯ァ! 食いしばれ!!!」


 勢いが乗り繰り出された拳は、盾に軌道を逸らされくうを突いていた。


「策は悪くない」


 腕を掴まれると同時に引っ張られ、前のめりに体勢か崩れ。


「だが、凡人ではな」


 振り上げられた前足によって蹴り飛ばされてしまった。

 彼の身体はそびえ立つトゲに激突し、幾つかのソレを破壊したのち倒れ込む。

 

「ユニーちゃん!!」


『平気だ。此処は俺に任せてくれ。最低でもきっちり3分は時間を稼ぐ』


 テレパシーを送りつつ瓦礫から無傷の彼が姿を表す。

━━強い。完全に読まれていた。備えられていた。

 拳を作り、息を深く吐いた。


『わ、分かりました!』


 アンナの返事に返答はせず、ただ頭を働かせていた。

 こいつが向こうに行っちまったら確実に全滅するよな。というか、これだけ強かったら無理にも襲えばどうとでもなったんじゃないか? と、考えると。


「おい、実は出てきたら不味かったんじゃないのか?」


 時間稼ぎの常套句といえば会話。動く準備を整える。

 このケンタロス野郎の隙を伺って大きいのを一発。


「そうだな。確かに不味い。と言えば不味いが」


 奴の背中から1本の新たな腕が生え、その先がクロスボウの形状をしており更にこう続ける。


「こうして姿を表した。という時点で、問題ない。と、判断したとも考えられる。後は、開き直ったとかな。焦っていないのなら尚更。で」


 ゆっくりと矢が生成されクロスボウに装填される。


「それで"時間稼ぎ"の撒き餌にでもしようとしたのなら、浅はかだな」


 ヤバい!

 この状態での身体は丈夫だと頭で理解していても、本能が危険だとサインを送りそのサイン通りに体を動かしていた。

 発射された矢は一直線に飛んでいき、咄嗟に飛び退けると後方に点在しているトゲを破壊しなおも直進し爆発する。


「中途半端にすると、逆に敵に利用される。いい勉強になったな? では、お代を貰うとしよう」


 続けて装填された第二射が俺を襲った。



 再変身をし走って馬車の方に向かっていく中、2回目の爆発音が聞こえてくる。

 気になる。戻って加勢したい。だが、頼まれた事を先にやらなければならない。

 今回の作戦、一番良い結果は勿論運び出そうとしている何かを持ち出すのを阻止したうえで、彼らを捕縛する事。最低目標は捕縛は諦めての阻止。

 捕縛を諦める理由は様々あるが、大きくは2つ。館の件で自殺した人と予測される個体ごとの強さが主な原因である。


 そして、別れてからというものユニーは愚かエミリアからもテレパシーが一切送られてこない。

 戦闘音は聞こえるため健在である事は察せるが、戦況がわからない。ただ、送れないほど余裕がないのは確かなのだろう。


「もっと、私が強かったら……」


 歯を噛み締めながら走り続け、トゲを抜けると馬車の残骸に、あちこちに転がっている木箱が目に入る。

 続いて、2人の見慣れいない男女に向かって行くルチアの姿が写った。


「んーッ! ん~!」


 唸り声が聞こえ、目線をむけると縛られたそこにはリネの姿があった。


「あはっ、真正面から突っ込んでくる美少女ってぇ、私大好きよ。でも~」


 後ろを振り向き、女性の目がギロリとアンナを視界に捉える。


「貴方の方が好みね」


 無防備となった彼女の背中に向けて、数本のナイフが投擲されるが蛇のように伸びた腕によって全てが叩き落とされてしまう。


「そっちの美少女は貴方にあげるわ」


「はいはい。遊ぶんじゃねぇぞ」


「わかってるわよ。ちょぉっと、味見するだけだから」


「分かってねぇじゃ━━」


 腕を伸ばし、鞭のようにしならせ馬を駆けるルチアに向けて振るった。


「━━ねぇかよ!!!」


 彼の身体を捉え、咄嗟に防御を固めるが弾き飛ばされ落馬してしまい、地面を2度跳ねたのちに横たわる。


「く、はっ……!」


「ははっ! いっちょ上がりってなァ」


 腕を急いで戻し、彼の死角となっていた方向から射られていた弓を片っ端から叩き落としていき、不敵な笑みを浮かべていた。

 ワンドを近づいてくる女性に向け。


「アクアバズーカ!!!」


 先から水の柱が作り出され、彼女に迫っていく。


「あはっ♪」


 身を翻すと、羽織っているジャケットを脱ぎ捨て、変異している背中が顔を出す。

 1つの小さな穴のようなモノがあり、そこからおびただしい量の水が排出されアクアバズーカを相殺し競り合い始める。


「鯨の潮吹きって、呼吸らしいんだよね。でも、私のは違う。文字通りってねっ♪ さぁさぁ浴びてよ浴びて!」


「……気持ち悪いお人ですね」


 このまま競り合っても埒が明かない。そう考えたアンナは水を止めたと同時に飛び退けワンドを振りかぶった。

 女性が背中から放出されていた水はトゲを破壊して行く。


「あら~?」


「コーンサンダー!」


 ワンドを振るい一筋の雷撃が地面を撫で水の柱へと到達し、砂煙と水蒸気を同時に発生させる。


「目隠しつもり? まるで意味ないんだよね」


 放出する水を止め、あー。と声を発しニヤリと笑いながら振り返る。


「そ~こ~だっ!」


 迷いなく一直線に砂煙の中に入っていき、上から落ちた小さな落雷を避け、煙を抜けアンナの前へと現れ掴みかかった。

 そのまま組み伏せようとするも、アンナは踏み止まった。

 力が、強い……!

 魔法少女により強化された筋力で払いのけようとするも、叶わない。


「ダメダメ、姿を隠しても無駄だってぇ。だからさぁ一緒にイイ事を……」


 アンナは完全に抑え込まれていた。

 だが、彼女は焦る素振りが見えず、ただ耐えているだけであった。時間を稼ぐように。


「……なッ!」


 女性は何かに気が付き、離れようとするも逆に手を掴まれ離れることを拒まれていた。


「何処に行くんですか?」


 次の瞬間、手を離されたと同時に飛び蹴りが女性の横っ腹へとめり込み、唸り声と共に蹴り飛ばされていた。

 そして、アンナの視界に口を縛っていた布を取るリネの姿が映る。

 縛られていた彼女の縄に向けファイアキュートを放ち開放していた。よって先程の煙幕は身を隠すためではなく、出来るだけバレないための工作であった。


「どうせなら攻撃を食らってからでも━━」


 倒れ込んでいる女性にワンドを向け更にこう続ける。


「いいと思うんですけどね。アクアバルカン」


 無数の水の弾が射出され、襲いかかるも直前に伸びた腕により彼女の身体が引かれ難を逃れていた。


「あの男が厄介でありんすね」


 リネは首を鳴らし、身構えると腕を引いているパトリックを見据える。


「前衛は任せます。此処を制圧もしくは撃退して貨物の確保を最優先します」


「了解でありんす。確保は?」


 そう問われ、先程の変異体との接触を思いだす。


「恐らく無理でしょう。ファイアキュート」


「うぉい! 腐れ糞ビッチ野郎なぁに遊んで返り討ちに合いかけてんだよ! あぁ!?」


 放り投げるようにエールを離し、"甲皮に覆われた"パトリックが叫んでいた。


「ふふふ……利口ね。あの子。いいわ。良いわ!」


 不気味に笑いながら立ち上がると、腕が鳥の羽へと変異を始める。

 が、隙だらけであり複数の矢が殺到していた。


「欲しいわ。あの子ォ!」


 大きく腕を羽ばたかせ一陣の風を作り出す。

 迫っていた矢は風に押し戻され、地面へと落下し彼女の身体は浮かび上がる。


「っち、ストリップしやがった。あーあ。もう知らね」


 背後から迫っていたナイフを弾き飛ばし、振り向くとナイフを両手に持ち迫るルチアの姿があった。


「さっさとっちまって、とんずらしないとな」


 弾いたナイフの1本を握ると、腕を伸ばし彼に向かって突き出す。

 彼は体を捻り倒れ込むようにしてギリギリの所でそれを避ける。が。


「甘いんだよな」


 腕は瞬時に横薙ぎに振るわれ、ルチアの身体を捉えていた。


「っく、けど」


「あん?」


 パトリックは背後から足音が聞こえ、目線をむけると懐に飛び込んでいたリネの姿がそこにあった。

 次の瞬間、背中へと拳が放たれ彼の身体が少しばかり浮かび上がる。


「んなっ!? 此方、来た」


 痛みで顔を歪めながら体をひねり、急いで伸ばしていた手を振るう。


「だとぉ!」


 しかし、タイミングよく跳び避け変異した腕に手を付けると、彼の化粧が中途半端に落ち化け物じみている顔を足場にし天高く飛び上がった。


「んがァ!?」


「コーンサンダー!」


 空を飛ぶ女性に、ワンドを振るい雷撃を食らわせようとするが。


「あはは、此方よ此方~」


 縦横無尽に飛ばれ、攻撃が当たらない。

 隙を伺うように、獲物を舌なめずりするような目線を送り、悦に浸ったような笑い声が聞こえてくる。

 本当に、気持ち悪いですね。

 ワンドを地面へと向け、ファイアキュートを空に向けて放つ。


「散発的な攻撃は無駄!!」


 可愛い火の玉を避け、降下する素振りを見せ。


「って、私が気がついてないとでも……」


 飛び上がり背後取っていたリネの方に目線をむけると、彼女は足を引き蹴る動作に入っていた。それはエールを蹴るための動作ではなく、火の玉を蹴るための動作であった。


「やっ、ばっ」


 蹴り飛ばされるソレを紙一重で避け、笑みを浮かべる。


「アクアバズーカ」


「ざんね……ん!?」


 夥しい水が放出され、アンナの身体を空へと押し上げた。

 想定外の出来事に頭が真っ白となり、一瞬だけ動きが完全に止まり。


「あ、えっ、ちょ、まっ!?」


 突進する形となっていたアンナも少しばかり慌てていた。

 本来の予定では、空に上がりこの"突進を避けられた上で"至近距離でコーンサンダーを当て身動きを封じ、アクアバルカンを当てるというものであった。

 が、回避行動が遅れたエールは突進を避ける事が出来ず、結果として。


「あら……」


「━━うッ!?」


 とんでもない勢いで繰り出された頭突きが腹部へと命中し、弾き飛ばされ落下を始めていたのだった。


「うまくいかなかったでありんすな」


 水の放出を止め、体を捻り落下している変異体にワンドをむける。


「よ、よよ予定とは違うけど……! アクアバ━━」


 ヒュンッ。と風を切る音が聞こえた瞬間、アンナ眼の前で何かが破裂視界が遮られる。


「アンナ!?」


 落下する最中、リネは攻撃が飛んできた方向に目線をむける。

 そこには下半身が馬の形状の変異体が居り、腕が4本存在していた。

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