64話Assistant/探偵? 怪盗?

「あー、流石にあればびっくりしたね」


 日が傾き空が茜色に染まる中、シーラはとある場所に歩を進ませ苦笑いを浮かべながら呟く。 

 負のスパイラルに囚われたルチアが酒を飲もうとしたり、やけ食いを始めたりと軽くではあったが騒がしくなって居た所に俺を連れ外に出ていたのだ。

 行き先は聞いていないが、この道は恐らく。


「彼処に向かってどうするんだ?」


「少しでも情報が残ってればと思ってね。君を連れてきたのはテレパシーと、疑われにくいから。アンナ君は大丈夫そうかい?」


 フェーズ5を倒してまださほど時間は経っていないが、アンナは何処か影が掛かったように少しばかり表情が暗くなっていた。

 だが、普通に話す分には、接する分には問題はない。


「大丈夫そうだけど……ちょっと、不気味ではある」


「そうか。ま、貯め過ぎないように気をつける事だね。あぁ言うのは爆発すると厄介だから」


「分かった。気をつけてみる。それはそうと、シーラも話す気ないのか?」


「ないね。話したとして、君の所のハーフウルフ君に今以上に警戒されるのは嫌だし、この妙な関係が破綻しかけない。ただ、今言える事は……君が思っている以上に事は複雑なのかもしれない。勿論ボクの予想も超えてね」


 自然に接しているように見えて、エミリアは常に彼女を警戒していた。


「変異を促したと思われる薬だな」


「うん。あれは七賢人達が"作っているモノではない"からね。勿論、副産物って線もない。明らかに別の勢力のモノだ」


 となると七賢人をどうにかした所で全てが解決。なんて夢物語はないのか。

 そして、差し当たっての問題は。


「なぁ、成功すると思うか?」


「さてね。ボクから言い出した手前これを言うのは気が引けるのだけれど、本来はしっかりと準備を然るべき相手だからね。どう転ぶかはこの町次第かな」


「この町次第か……」


 相手はこの町、いやイタグラント王国の"物流を主に担っている"商業組合だ。

 更にあろうことかその会長が七賢人その人である。


「当事者なのに人事のように言っている。みたいな言い方だけど、実際ボクにはどうにも出来ないから、その点はご配慮願うよ。見ようによってはとんだ悪党ってね」


 交渉材料として、シーラからもたらされた情報とソレを元に倉庫を調べたら多少は出てくるであろう外にバレるとまずい事を使う。

 端的に述べると、此方は会長の身柄の身柄の確保をし得た情報を公開しない事。

 変わりにトラバント商会は今夜の出来事を郊外しない事を約束したうえで、会長が倒れた事とし、平素通りに商いを行う事。


 要は、悪事を黙認する変わりに今夜の押し込みを見逃せ。という恐喝紛いのような事をする事となる。

 更に憲兵側は人手の足りない現状で、この騒ぎによりしっちゃかめっちゃかとなっている。

 見ように寄れば俺達もよっぽど悪党だ。


「それを言うなら俺らもじゃないか」


「それはどうかな? で、さっきから質問ばかりに答えている分けだけれど、ボクからも1ついいかい?」


「なんだ?」


「先程の、中性的な子のね。喋り方なのだけれど」


「あぁ、その事か。質問に乗ってたリカーサップのの提案であぁなっただけだ」


 カヤ、リネの双子も同様に見た目も喋り方も似ている事からリューンの提案で語尾を変えている。


「なるほど。小さな謎が解けた。感謝するよ」


 そして、今朝訪れた家の前で彼女は立ち止まった。


「ついでに、もう一つの謎のヒントを得に行こうか」


 彼女は呼び鈴を鳴らすが、返事は帰ってこない。

 どうやら留守のようで、俺は鍵を取りに行く事を提案するも拒否され一枚のトランプを隙間から家の中に入れる。そして、俺を掴んで指を鳴らすとワープし玄関先から中に入っていた。


「鍵を借りに行く時間も、ピッキング道具を取りに戻る時間が惜しいからね」 


 そう言ってドアの鍵を開けると歩を進めていく。


「にしても便利だな、その魔法」


「確かに便利ではあるね。外側だけを見れば。アンナ君にも言ったけれど、じゃじゃ馬でね」


 書斎に歩を向け、ドアを開け中に入ると本棚を見ていく。


「思っているほど使いやすいモノでも……ま、話してもいいかな。気になるだろう?」


「そりゃぁ、まぁ気になる」


「素直で良いね。ボクの魔法は君がいう"テレポート"とは違うんだよ。ヒントはボクが魔法を使う前の行動」


 そう言われ、思考を巡らせていく。

 トランプをピッキング道具に変えて、トランプを硬化に変え、追跡時もテレポート前にトランプを先に投げ、その場所にワープしていた。さっきも先にトランプを……!


「トランプと位置を入れ替える魔法か!?」


「近いけど、ちょっと違う。確かに母体にはよくトランプを使用する。けど、厳密には魔力を通わせ付与したモノ同士の位置を入れ替える。って魔法なのさ。トランプは単純に身に着けて歩いてて携帯に便利だからに過ぎない。仕事道具でもあるからね」


 彼女の話によると、射程距離もあり魔力を通わせるにも時間がかかる。更に、付与した魔力は交換を行う事に使用分を消費する。例外として、使用者と触れている時は付与した魔力の消費を使用者が肩代わりする事が出来る。

 能力自体は強いが手間が非常に掛かるうえ、大抵は使用回数も限られ、尚且つ"準備をしていないと無力"というピーキー性能の魔法であった。


「だからじゃじゃ馬か」


「うん。似てると思わないかい? 怪盗も、手品も、この魔法も。技術を磨いて、下準備をちゃんとして、それでいて特定の場所でこそ真価を発揮する」


 怪盗は下見をしたうえで標的の屋敷や家屋。

 手品はタネを仕掛けたうえでのステージ上。

 魔法はあらゆる物に魔力を仕込んだうえで効果範囲内。


 どれも、技術を磨けば道具があれば場所を問わず身につけたモノを行使し利用する事は出来る。

 だが、真価はやはり特定の場所に限られてしまう。似たものは他にもあるし、ありふれていると言えなくもない。彼女が敢えてこの3つを選んだ理由が何かしらあるのだろう。


「ボクはね。好きなんだよ。怪盗も、手品も、魔法も。おおやけに出来るような事じゃなくとも、魔法と比べたら子供騙しのような物でも、扱いにくかろうと。普通なら表に出ない事を暴ける、人を笑顔に出来る、強者に立ち向かう武器になる。だから……っと、話し過ぎたね。にしてもないなぁ。これはアテが外れたかな?」


 話題を強引に逸し、俺は追求する事はせずそのまま流されてやる。


「何探してんだ?」


「調合のレシピの本でもないかなと。何かしら書き記している事があるかもしれないからね」


「あぁ、薬のか。それなら」


 パタパタと飛んでいくと、部屋の隅にあった1冊の本を取った。


「こ、これはどうだ?」


 表紙はなにも書かれておらず、一見すると何の本か皆目見当もつかない。


「根拠は?」


 シーラはその本を受け取りながら問いかけた。


「男の勘。と言うより本棚に隠すなら━━」


 彼女は本を開け、目を通していく。


「表紙を偽装する」


 そう。エロ本を隠す時の手段の1つだ。

 尤も、他の本に紛れ込ませた方が良いのだろうが、息子さんであるヘルラウさんが借りる事を見越して避けた可能性を考慮する。と、選びそうにない無地の本がベスト。


「おぉ、これはすごい、ビンゴだ。初歩的過ぎて逆に見逃していたよ」


 俺も覗き込むが書かれている事を理解する事が出来ない。


「なんだこれ」


「さっきも言ったけど薬の調合配分だよ」


 彼女はパラパラとめくっていく。すると、数枚のページが破られている箇所を発見した。


「ほとんどはただの毒の作り方だね。幾つか破り捨てられている箇所は見られたら特に危ない箇所。だったんじゃないかな」


 彼女は裏でやっていた事に関する事は破り捨てたと言いたいのだろう。

 あの判断の速さから、彼は薬に必要なモノを用意出来るが、そのレシピが漏れた場合殺処分されてしまう。その程度の立場だったのだろう。


「けど、破り忘れもあったようだね」


 書かれていたのは必要分の薬の量と日時。そして、小さくはあったが出荷先の名前が書かれていた。


「……ドロチアート」


 スターラリー王国に存在するギルドの名前だ。


「多分ギルド自体が関与している分けではないだろうね。幾らあのギルドの戦力があの事件で地に落ちようと、このような手に乗るような所ではないからね。良くも悪くも頭が硬いから。薬の裏にドロチアートに所属する冒険者が絡んでいるのだと見ていいと思うよ」


「ふむ。となると、エミリアに言い寄ってガリアードが戦ったって言うゴールドランクの奴の確保がより重要性を増してる感じか?」


「重要性としてはそう変わらないだろうけど、何か情報を握っている可能性が高い。からほぼ確実になった感じだね。何にしても逃さない方がいい事には変わりがない」


 すると、ギィとドアの開く音がし、足音が近づいて来た。


「おっと、どうやら誰か来たようだね」


 本を閉じ懐から携帯ナイフを取り出す。


「手荒な真似はやめてくれよ」


「それは相手によるかな?」


 なぜ警戒しているのか。それは、あの時彼を処理したという事は必要な情報を手に入れた後という事。

 であれば、"敵"がシーラの持つ本を狙ってきている可能性があるからだ。

 足音はまっすぐ此方に近づき、緊張から生唾が喉を通る。

 ドアノブが捻られ、ゆっくり開き始めるのを確認すると、彼女はドアノブを思いっきり引き釣られて入ってきた男を組み伏せ喉にナイフを突き立てようとする。


「あ、シーラ待て!」


「……おやおや、これはこれは失敬」


 彼女は男性が誰なのかを確認しナイフを仕舞う。


「いたた、なんだシーラさんとユニーさんでしたか」


 組み伏せられていたのはヘルラウさんであった。


「ちょっと、別件で調べ物があって無断で入らせて貰ったよ。申し訳ないね、先に断るべきだったのだろうけど何分時間がなくてね」


「いえ、問題ないです。ちょっとびっくりしたぐらいなので」


「時に、君は何をしにこの書斎へ?」


「あぁ、これを憲兵の人から戻しておいてくれ。って言われて戻しに来ただけです」


 そう言って、彼は2人に1冊の手帳を見せた。

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