隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

助六

プロローグ

 すべてはこの一言から始まった。


「じぃじって、さんよりも強いの?」


 孫が誕生するより以前に隠居した魔王じいちゃん。だから今年で五歳になる孫は、このじいちゃんが王都を震撼させるほどの大魔王だったという事実を知っていても疑いたくなるのは仕方ない。


「つよいでちゅよー。勇者さんよりつよいでちゅよー」


 年相応のしわがれた美声も孫の前では猫なで声に。

 同居している魔王じいちゃんの妻、つまりおばあちゃんは、そんな魔王じいちゃんのことを白い目で見ている。曰く、可愛がるのはわかるけど、その赤ちゃん言葉だけはやめてほしい。とのこと。


「じゃあ、たおしてみてよっ! ぼく、じぃじがかっこよくたたかうところ、みてみたいなぁ!」

「し、しかしのぉ、さっちゃん」

「えー、できないのー?」


 無垢純粋な瞳をキラキラ輝かせ、あぐらを掻いている魔王じいちゃんに無邪気にうしろから抱きついた。お年寄りの腰痛持ちにはつらい仕打ち。腰に響く痛みを顔にいっさい出すことなく、にっこり微笑みながら孫の頭を撫でる。

 それから間もなくしてゆっくりと立ち上がる。腰が痛くなった時は、座っているより立っている方が意外と痛みが和らぐものだ。

 魔王じいちゃんと孫は顔をつきあわせる。魔族としては珍しい人型であり、本物の人間と比較してもその外見には遜色ない。


「いいか、さっちゃん。じぃじはパパにもうオシゴトを全部任せてあっての。勝手な事をしたらパパに怒られてしまうんじゃよ。さっちゃんはパパを怒ったらこわいのを知っておろう?」

「ふーん。ほんとうは、ゆうしゃさんに負けるのがこわいの……? もうじぃじはじぃじだから。じゃあ、ゆうしゃさんよりんだ」


 魔王じいちゃんの中で弾けた。孫のがっかりした顔は見たくないのだろう。

 孫の陳腐な煽りに魔王じいちゃんの心に火がついた。何十年ぶりに曲がっていた腰がしゃんと伸びる。


「うぐぇ」


 耐え難い鈍痛が背中に走る。身に受けた爆発魔法も斬撃も痛みはあっても目を見張るものではなかった。腰痛に勝る痛みはこの世に存在しないとまで豪語した。

 というわけで、どうやら弾けたというのは背骨のどこかだったらしい。


*************************************


 場所は魔都。魔王じいちゃんは遊びに来ていた孫を連れ、自宅のある街はずれから魔都中央にある魔王城におもむいていた。ここに来た理由はひとつ。孫にかっこいい自分を見せるために、人間の住む王都へのおでかけを許してもらうため。

 玉座に足を組んで座る者の前に立ち並ぶ魔王じいちゃんと孫。

 魔王じいちゃんはトレードマークの蓄えた白いアゴ髭を触りながら、何も入っていない口をモグモグと動かしている。


「死にぞこないのクソ親父が何をしにきたんだい?」

「たしかに死にぞこないなのじゃが……」


 禿げた頭をポリポリと掻く魔王じいちゃん。

 魔王の『王』という称号が子に受け継がれるのは、王が死してのみ。これまでは勇者や王都軍にやられることで、魔王の称号が早い段階で受け継がれていたのだが、この魔王じいちゃんは殺されることもなく、ダラダラ長生きしてしまった。

 そのため、いまだ魔王としての称号は、このおじいちゃんにある。

 このおじいちゃん、まだ魔王ではあるものの、一線を退いたことで魔都統括は息子に任せている。生前退位という体系がないので仕方なく、魔王という名を残したままのんびり隠居生活満喫中。一番の楽しみは孫と一緒に遊ぶこと。


「そ、それはそうと我が息子よ、ちと頼みごとがあっての」


 魔王じいちゃんは口ごもりながら息子にモゴモゴと喋り始めた。なかなか切り出しにくいのだろう。


「そのじゃな、その、孫と――」

「パパ! ぼく、じぃじと、りょこういってくる!」

「…………ほう」


 冷たくひとつぽつりと吐き捨てた。

 魔王じいちゃんとその息子の視線は交錯したまま膠着状態に。おじいちゃんは怯えているが、その息子の方は何かを思案しながら双眸を据えている。


「わかった。了承しよう。じぃじの言うことはちゃんと聞くのだぞ」

「うん!! ありがとうパパ!!」


 元気いっぱい孫の返事に魔王じいちゃんは喜びを隠せていない。これからの孫との二人旅に心が躍っているのは傍から見てもよくわかる始末。

 孫は魔王じいちゃんの手を取ってきゃっきゃとはしゃぎ、綺麗な癖のない黒髪もふわふわ踊って喜んでいる。この孫の調子テンションに乗ろうと魔王じいちゃんは頑張るのだが、ただの振り回される傀儡かいらい、操り人形に等しかった。


「はりきりすぎてハメをはずしすぎるなよ、クソ親父。尻拭いをさせられるのは僕になるんだからね。汚い老いぼれのケツを僕に拭かせるなよ」

「だ、れに、いって、おる。こどもの、おつかいじゃ、あるまい、し」

「孫の前じゃ歴代最強と謳われる魔王もただのジジィに成り下がってしまうから遣る瀬無い……はぁ……」


 振り回され途切れ途切れになる覇気のない魔王じいちゃんの言葉。それにあきれた息子はため息をもらさずにはいられないのであった。

 そして息子はこう続ける。


「じゃあ、おつかい、いってらっしゃい」

「ふむ、行ってくるわい」


 こうしてかわいい孫のお願いを聞くために、魔王じいちゃん勇者討伐へ。

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