vs『驚きのビックリ!』ドッキリ-ガイ
一日目、夜。
傷だらけの緋色は、身体を引き摺りながら拠点のハァイ!まで戻ってきた。
『緋色、大丈夫?』
無言で頷く緋色。だが、どう見繕っても大丈夫ではなかった。
腹部の裂傷は焼き爛れ、鬱血した右足の傷は直火で雑に塞いだだけだ。血塗れの服はナップザックに突っ込んで痛々しい上裸姿。
濡れた身体が体温を奪う。
「良質な水源があって助かった」
傷の応急処置は十分だ、と。後は包帯でも巻いておけば、緋色ならすぐに動けるようになる。
それよりも、疲労が既にピークだった。出血と痛み、ウォーパーツの連続使用、三度の激戦。傷の回復異常に、休養が必要である。
『――止まって』
ぴくり、と緋色が足を止めた。ちょうど入り口を通ろうとしたタイミング。緋色は表情を崩さずに一歩下がる。
「罠か?」
『開けっ放しの入り口にしては綺麗なまま。あれだけ爆発、不自然だよ。頑なに現状維持に拘った侵入、妥協を知らないヤバい奴だ』
緋色は防刃グローブをはめた右手で、縦に手刀を放った。細いワイヤーが巻き取られる。そのまま進んでいたら、首を狙われる高さだ。
妙に静まり返った家。緋色は拳を強く握る。
『撤退しよう。この拠点は捨てていい。狙いが緋色なら、あの子にとってもそれが安全だ』
包帯は欲しいが、必須ではない。今のコンディションで未知の敵と交戦するのは極めて危険である。ディスクの判断に、緋色は一瞬の逡巡を見せる。
だが、すぐに聞こえた舌打ちで緋色は全てを察した。
「いい、続けろ」
『デュエルが成立した。敵は『驚きのビックリ!』ドッキリ-ガイ。名前がふざけてるけど、この陣形は、厄介』
逼迫した声。
暗がりに潜み、罠を張る狩人。妥協を知らずに自らの全てを尽くすドッキリ職人。
◇
ジョシュア=コゼックは、ドッキリに人生を捧げた男だった。
(来た)
入り口の罠には気付いたようだが、そこに至るまでの罠には気付かなかったようだ。落ち葉に紛れさせたピアノ線。歩行に振動し、巻き付けた小指に接近を知らせるだけの罠。
相手は深傷。注意力は相当落ちていると予想される。
(驚けそこのけ泣き叫べ)
びっくりドッキリ殺人ショー。暗闇に紛れる男は、ビデオカメラ片手に闇へと溶ける。
◇
薄暗い。目を凝らせば見えなくもないが、素早くは動けない。そんな暗さ。
「……本当に、建物の中にいるのか?」
『決め打つ。あのピアノ線は家の中に向かっていた。テリトリーへの侵入をわざわざ伝える仕掛け。愉快犯の好きそうな手口だよ!』
わざと声を大きめに、ディスクは言い放った。彼女の分析が正しければ、敵は罠にかかる瞬間を目撃したいはずだ。
数秒、沈黙が降りる。反応は無かった。
『とにかく、私の指示通りに。任せて』
「長い戦いになりそ――おだっ!!?」
緋色が派手にずっこけた。踏まれて跳ね上がったバナナの皮がひらひらと舞い降りる。
最初のワイヤーが生きていたら、間違いなく首を切断されていた配置だった。
「……おい、オペレーター」
『緋色の身長、体格、歩幅を綿密に計算されている。いつの間に観察されていたんだろう。それともそこまで詳細なデータを事前に手に入れていたのかな……?
どちらにせよ、尋常ではない。二回の戦闘の間か。その間、モニターの範囲から外していたからと言って、この短時間にやり遂げるなんて。妥協を知らないストイックさ。難敵だよ』
「おい」
『てへぺろごめんなさい大丈夫?』
緋色は軽く息を吐いて、入り口近くの板を持ち上げた。ぴったりと嵌まる板には返しが付いている。内側からなら開くが、外側からは簡単には開けられない作りだった。
『もし! 敵がこの近辺に潜んでいた場合、何とかして侵入しなければならない』
その瞬間、この静寂に何らかの波紋が立つはず。それを見逃してやるほど、観察眼は鈍っていないつもりだった。
バナナには目がなくなってしまうけれど。
『中にいるならこのまま倒す。ネブラの暗視は映像越しでも通じるよ。もし、外にいるなら籠城戦!』
まるで宣言するように。何らかの手段でこちらの様子は掴んでいるはず。
なら、何か仕掛けてくるはずだ。
◇
――――ドッキリ大成功
バナナの皮が舞った時、思わず飛び出しそうになった。とは言っても身動き一つ取らないが。
ジョシュアは忍耐強い男だった。狭い暗闇でも、何時間でも潜んでいられる。芸術の成就、即ち至高のドッキリ。そのためならば、何でも、やる。
(切れ者だ)
素直に賞賛する。手負いと侮っていた。しかし、トラップに一切の妥協は含まれない。ジョシュアは妥協を認めない男だった。
(どう崩す)
仕掛けたトラップに待つだけでは仕留め切れないかもしれない。何らかのアクションを起こすことが必要か。
拠点攻略は情報戦。如何に罠を見抜けるかの知識、知覚、知能。感覚の全てを如何に情報として活用すべきか。
(プロだ)
情報の、プロ。動きで分かる。ジョシュアの天敵だ。
安易にカメラと盗聴器に頼らなくて良かった。その道の戦いならば勝ち目は無かった。すぐに見抜かれて逆探知されていただろう。思いがけない難敵だ。
情報のプロは難敵である。しかし、同時にジョシュアの獲物でもあった。これまで、幾度となくドッキリの餌食にしている。
(負けないよ)
ジョシュアは耳が良かった。だから、あの挑発は良く聞こえた。そんな安っぽいものに乗ってやるほど愚かではなかったが、不思議と心は打たれた。
(勝負)
闇に潜み、表情一つ変えず。
◇
『二階だ』
まず、ディスクはそう言った。
「根拠は?」
『罠が大量、長い移動距離は危険。なら、より多くの罠にかけるため、階段を経由した先の最奥が有力候補』
緋色は静かに頷いた。靴箱の横を摺り足で抜け、入り口から少し離れた階段ににじり寄る。
「注意点」
『手摺りには掴まらないで。上よりも横と下に注意』
一段登る。後傾姿勢。壁から勢い良く飛び出た槍が目前を通った。緋色の拳が粉砕する。
二段目。何も起きない。三段、四段、五段、六段。
『止まって、足下』
七段目。一面に画鋲がばらまかれていた。気付こうと思えば、すぐに気付けたはずだ。緊迫した空気が、視野を狭めている。
飛ばして八段目。
『しゃがんで』
ひゅ、と括り紐が通り抜けた。
『妥協なく、身体的な特徴は把握されている。なら、自ずと罠はそれに偏るはず』
そこから何段か。無事に階段を登りきった。緋色がしゃがむと、頭上を丸太が飛んでいく。
『一応言っておくけど、慣れは危険』
「合点」
◇
ジョシュアはにやりとほくそ笑んだ。まさか階段の罠をこうも容易く通り抜けるとは。手摺りの罠を早々に回避したのも驚きだった。
やはりあのナビはやり手。それに、手負いなはずの男の身のこなしは異常だった。オペレーターの指示を、当たり前のようにこなしている。
(信頼関係か)
ジョシュアは、男と女の関係が大嫌いだった。昔、阿婆擦れ女にこっぴどく裏切られたのだ。悲劇の男、ジョシュア。
(だが、ここまでは定石)
見抜くのだ。情報のスペシャリストは。
周囲の情報、入り口での分析、思考の読み合い、最善手の思考。このレベルの罠は、何度か見抜かれてきた。
(いざ、ドッキリ)
そして、そんなプロどもを。
ドッキリの笑いに陥れることが、至高の芸術。
◇
『二階、ヤバい』
端的にディスクは評した。
二階を一通り探索した。危ない場面が両手で数え切れないほど。特に二階の水洗トイレはヤバかった。
『ちょうど私も携帯トイレを組み立ててた時だから、本気でチビった』
「え、ちょっとそれ詳し『二階は外れ。だったら定石をとことん外して入り口近くの可能性が高いかも』
「そちらの状況を詳し『一階の間取りは全無視しよう。入り口付近も外れなら一回離脱して泥沼の長期戦』
有無を言わさなかった。
◇
ちょっとそこ詳しく。
ジョシュアはそう思った。生かして捕らえる必要が出てきたかもしれない。
(いけるか?)
定石外しの思考誘導。それこそが最大の罠だった。
これまで、受動的な罠しか無かった。スイッチを踏んで、発動する。そんな分かり易いタイプのトラップ。えげつないものばかりだったが、それらを回避した観察眼は本物だ。
だが。
それでも。
これならば。
その手のスイッチをポチッとな。
◇
緋色の足下がぱかりと開いた。
お約束と言えばお約束。伝統深いトラップの常連。
『屋内で、落とし穴――っ!?』
「慌てんなっ!!」
それでも、頑強な肉体を持つ緋色は無事だった。
傷は開き、血が垂れる。痛みが噴き出して、唇を噛んだ。それでも、無事だ。これ以上の修羅場を、緋色は何度も切り抜けてきた。
『ごめん、緋色……大丈夫?』
「目標物、回収」
無事と言わんばかりの不敵な笑み。緋色は持ち込み品を詰め込んだ背嚢を片手に笑っていた。落ちた先に、ちょうどあった。早々に諦めていた目標を、敵の罠で回収出来た皮肉。
『大黒柱』
「ハァイ……」
「静かだと思ったらこんなことになってたのか……」
家の主柱、大黒柱。そこに大量の爆弾が括り付けられていた。人質ならぬ、家質か。
『緋色っ!!』
「ああ――ヤバい」
着地の振動で、時間差で爆弾が起爆する。緋色が拳を握り締める。
「
歯車が爆弾を覆った。
◇
爆発オチなんてサイテー。
某ゾンビだったらそんな雑なオチで終わっていたかもしれない。だが、今宵の物語は、正統派の主人公だった。
(なんだ、アレ)
ジョシュアはウォーパーツを知らなかった。爆発する大黒柱を包み込む歯車の群れなど。
(しくじった)
落とし穴からの爆発オチ、そして殺人タライ。それがジョシュアの大本命だった。必殺、と言い換えてもいい。
爆発は最小限に食い止められ、しかし大黒柱が炎上する。一瞬呆けて対応が遅れた。致命的だ。
「お前」
「見つけたぞ」
靴箱から飛び出したドッキリーガイは、緋色と出くわした。入り口の板を取り外すための一秒。それがどう考えても間に合わない。
重い打撃が細身の肉体を穿ち、板ごと粉砕する。肋骨が何本か折れた。
転がる男の灰色帽子が転がった。!マークの描かれた白いマスクを剥ぎ取ると、だらりと開いた口からベルが零れ落ちた。
緋色が踏み潰す。
「終わった、か」
『緋色、後ろ!!』
爆発。盛る爆焔。
「ハァァイ!」
それは、悲鳴だろうか。
力が抜けて膝立ちになる緋色が、目を見開いた。素敵な二世帯住宅が、燃え盛る炎に飲まれる。
もう、どうしようも無かった。
「ハァァァァイ!!」
「ハァァァァァァァイ!!」
「ハ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛イ゛!!!!」
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァィ――――……」
炎は、夜中燃え盛っていた。
◇
『Dレポート』
・拠点を失った!
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