vs『驚きのビックリ!』ドッキリ-ガイ

 一日目、夜。

 傷だらけの緋色は、身体を引き摺りながら拠点のハァイ!まで戻ってきた。


『緋色、大丈夫?』


 無言で頷く緋色。だが、どう見繕っても大丈夫ではなかった。

 腹部の裂傷は焼き爛れ、鬱血した右足の傷は直火で雑に塞いだだけだ。血塗れの服はナップザックに突っ込んで痛々しい上裸姿。

 濡れた身体が体温を奪う。


「良質な水源があって助かった」


 傷の応急処置は十分だ、と。後は包帯でも巻いておけば、緋色ならすぐに動けるようになる。

 それよりも、疲労が既にピークだった。出血と痛み、ウォーパーツの連続使用、三度の激戦。傷の回復異常に、休養が必要である。


『――止まって』


 ぴくり、と緋色が足を止めた。ちょうど入り口を通ろうとしたタイミング。緋色は表情を崩さずに一歩下がる。


「罠か?」

『開けっ放しの入り口にしては綺麗なまま。あれだけ爆発、不自然だよ。頑なに現状維持に拘った侵入、妥協を知らないヤバい奴だ』


 緋色は防刃グローブをはめた右手で、縦に手刀を放った。細いワイヤーが巻き取られる。そのまま進んでいたら、首を狙われる高さだ。

 妙に静まり返った家。緋色は拳を強く握る。


『撤退しよう。この拠点は捨てていい。狙いが緋色なら、あの子にとってもそれが安全だ』


 包帯は欲しいが、必須ではない。今のコンディションで未知の敵と交戦するのは極めて危険である。ディスクの判断に、緋色は一瞬の逡巡を見せる。

 だが、すぐに聞こえた舌打ちで緋色は全てを察した。


「いい、続けろ」

『デュエルが成立した。敵は『驚きのビックリ!』ドッキリ-ガイ。名前がふざけてるけど、この陣形は、厄介』


 逼迫した声。

 暗がりに潜み、罠を張る狩人。妥協を知らずに自らの全てを尽くすドッキリ職人。







 ジョシュア=コゼックは、ドッキリに人生を捧げた男だった。


(来た)


 入り口の罠には気付いたようだが、そこに至るまでの罠には気付かなかったようだ。落ち葉に紛れさせたピアノ線。歩行に振動し、巻き付けた小指に接近を知らせるだけの罠。

 相手は深傷。注意力は相当落ちていると予想される。


(驚けそこのけ泣き叫べ)


 びっくりドッキリ殺人ショー。暗闇に紛れる男は、ビデオカメラ片手に闇へと溶ける。







 薄暗い。目を凝らせば見えなくもないが、素早くは動けない。そんな暗さ。


「……本当に、建物の中にいるのか?」

『決め打つ。は家の中に向かっていた。テリトリーへの侵入をわざわざ伝える仕掛け。愉快犯の好きそうな手口だよ!』


 わざと声を大きめに、ディスクは言い放った。彼女の分析が正しければ、敵は罠にかかる瞬間を目撃したいはずだ。

 数秒、沈黙が降りる。反応は無かった。


『とにかく、私の指示通りに。任せて』

「長い戦いになりそ――おだっ!!?」


 緋色が派手にずっこけた。踏まれて跳ね上がったバナナの皮がひらひらと舞い降りる。

 最初のワイヤーが生きていたら、間違いなく首を切断されていた配置だった。


「……おい、オペレーター」

『緋色の身長、体格、歩幅を綿密に計算されている。いつの間に観察されていたんだろう。それともそこまで詳細なデータを事前に手に入れていたのかな……?

 どちらにせよ、尋常ではない。二回の戦闘の間か。その間、モニターの範囲から外していたからと言って、この短時間にやり遂げるなんて。妥協を知らないストイックさ。難敵だよ』

「おい」

『てへぺろごめんなさい大丈夫?』


 緋色は軽く息を吐いて、入り口近くの板を持ち上げた。ぴったりと嵌まる板には返しが付いている。内側からなら開くが、外側からは簡単には開けられない作りだった。


『もし! 敵がこの近辺に潜んでいた場合、何とかして侵入しなければならない』


 その瞬間、この静寂に何らかの波紋が立つはず。それを見逃してやるほど、観察眼は鈍っていないつもりだった。

 バナナには目がなくなってしまうけれど。


『中にいるならこのまま倒す。ネブラの暗視は映像越しでも通じるよ。もし、外にいるなら籠城戦!』


 まるで宣言するように。何らかの手段でこちらの様子は掴んでいるはず。

 なら、何か仕掛けてくるはずだ。







――――ドッキリ大成功


 バナナの皮が舞った時、思わず飛び出しそうになった。とは言っても身動き一つ取らないが。

 ジョシュアは忍耐強い男だった。狭い暗闇でも、何時間でも潜んでいられる。芸術の成就、即ち至高のドッキリ。そのためならば、何でも、やる。


(切れ者だ)


 素直に賞賛する。手負いと侮っていた。しかし、トラップに一切の妥協は含まれない。ジョシュアは妥協を認めない男だった。


(どう崩す)


 仕掛けたトラップに待つだけでは仕留め切れないかもしれない。何らかのアクションを起こすことが必要か。

 拠点攻略は情報戦。如何に罠を見抜けるかの知識、知覚、知能。感覚の全てを如何に情報として活用すべきか。


(プロだ)


 情報の、プロ。動きで分かる。ジョシュアの天敵だ。

 安易にカメラと盗聴器に頼らなくて良かった。その道の戦いならば勝ち目は無かった。すぐに見抜かれて逆探知されていただろう。思いがけない難敵だ。

 情報のプロは難敵である。しかし、同時にジョシュアの獲物でもあった。これまで、幾度となくドッキリの餌食にしている。


(負けないよ)


 ジョシュアは耳が良かった。だから、あの挑発は良く聞こえた。そんな安っぽいものに乗ってやるほど愚かではなかったが、不思議と心は打たれた。


(勝負)


 闇に潜み、表情一つ変えず。







『二階だ』


 まず、ディスクはそう言った。


「根拠は?」

『罠が大量、長い移動距離は危険。なら、より多くの罠にかけるため、階段を経由した先の最奥が有力候補』


 緋色は静かに頷いた。靴箱の横を摺り足で抜け、入り口から少し離れた階段ににじり寄る。


「注意点」

『手摺りには掴まらないで。上よりも横と下に注意』


 一段登る。後傾姿勢。壁から勢い良く飛び出た槍が目前を通った。緋色の拳が粉砕する。

 二段目。何も起きない。三段、四段、五段、六段。


『止まって、足下』


 七段目。一面に画鋲がばらまかれていた。気付こうと思えば、すぐに気付けたはずだ。緊迫した空気が、視野を狭めている。

 飛ばして八段目。


『しゃがんで』


 ひゅ、と括り紐が通り抜けた。


『妥協なく、身体的な特徴は把握されている。なら、自ずと罠はそれに偏るはず』


 そこから何段か。無事に階段を登りきった。緋色がしゃがむと、頭上を丸太が飛んでいく。


『一応言っておくけど、慣れは危険』

「合点」







 ジョシュアはにやりとほくそ笑んだ。まさか階段の罠をこうも容易く通り抜けるとは。手摺りの罠を早々に回避したのも驚きだった。

 やはりあのナビはやり手。それに、手負いなはずの男の身のこなしは異常だった。オペレーターの指示を、当たり前のようにこなしている。


(信頼関係か)


 ジョシュアは、男と女の関係が大嫌いだった。昔、阿婆擦れ女にこっぴどく裏切られたのだ。悲劇の男、ジョシュア。


(だが、ここまでは定石)


 見抜くのだ。情報のスペシャリストは。

 周囲の情報、入り口での分析、思考の読み合い、最善手の思考。このレベルの罠は、何度か見抜かれてきた。


(いざ、ドッキリ)


 そして、そんなプロどもを。

 ドッキリの笑いに陥れることが、至高の芸術。







『二階、ヤバい』


 端的にディスクは評した。

 相棒バディたる緋色には浮かんでいた。冷や汗だらだらで一息吐く姿を。

 二階を一通り探索した。危ない場面が両手で数え切れないほど。特に二階の水洗トイレはヤバかった。


『ちょうど私も携帯トイレを組み立ててた時だから、本気でチビった』

「え、ちょっとそれ詳し『二階は外れ。だったら定石をとことん外して入り口近くの可能性が高いかも』

「そちらの状況を詳し『一階の間取りは全無視しよう。入り口付近も外れなら一回離脱して泥沼の長期戦』


 有無を言わさなかった。







 ちょっとそこ詳しく。

 ジョシュアはそう思った。生かして捕らえる必要が出てきたかもしれない。


(いけるか?)


 定石外しの思考誘導。それこそが最大の罠だった。

 これまで、受動的な罠しか無かった。スイッチを踏んで、発動する。そんな分かり易いタイプのトラップ。えげつないものばかりだったが、それらを回避した観察眼は本物だ。

 だが。

 それでも。

 これならば。

 その手のスイッチをポチッとな。







 緋色の足下がぱかりと開いた。

 お約束と言えばお約束。伝統深いトラップの常連。


『屋内で、落とし穴――っ!?』

「慌てんなっ!!」


 それでも、頑強な肉体を持つ緋色は無事だった。

 傷は開き、血が垂れる。痛みが噴き出して、唇を噛んだ。それでも、無事だ。これ以上の修羅場を、緋色は何度も切り抜けてきた。


『ごめん、緋色……大丈夫?』

「目標物、回収」


 無事と言わんばかりの不敵な笑み。緋色は持ち込み品を詰め込んだ背嚢を片手に笑っていた。落ちた先に、ちょうどあった。早々に諦めていた目標を、敵の罠で回収出来た皮肉。


『大黒柱』

「ハァイ……」

「静かだと思ったらこんなことになってたのか……」


 家の主柱、大黒柱。そこに大量の爆弾が括り付けられていた。人質ならぬ、家質か。


『緋色っ!!』

「ああ――ヤバい」


 着地の振動で、時間差で爆弾が起爆する。緋色が拳を握り締める。


英雄の運命ヒーローギア!!」


 歯車が爆弾を覆った。







 爆発オチなんてサイテー。

 某ゾンビだったらそんな雑なオチで終わっていたかもしれない。だが、今宵の物語は、正統派の主人公だった。


(なんだ、アレ)


 ジョシュアはウォーパーツを知らなかった。爆発する大黒柱を包み込む歯車の群れなど。


(しくじった)


 落とし穴からの爆発オチ、そして殺人タライ。それがジョシュアの大本命だった。必殺、と言い換えてもいい。

 爆発は最小限に食い止められ、しかし大黒柱が炎上する。一瞬呆けて対応が遅れた。致命的だ。


「お前」

「見つけたぞ」


 靴箱から飛び出したドッキリーガイは、緋色と出くわした。入り口の板を取り外すための一秒。それがどう考えても間に合わない。

 重い打撃が細身の肉体を穿ち、板ごと粉砕する。肋骨が何本か折れた。

 転がる男の灰色帽子が転がった。!マークの描かれた白いマスクを剥ぎ取ると、だらりと開いた口からベルが零れ落ちた。

 緋色が踏み潰す。


「終わった、か」

『緋色、後ろ!!』


 爆発。盛る爆焔。



「ハァァイ!」



 それは、悲鳴だろうか。

 力が抜けて膝立ちになる緋色が、目を見開いた。素敵な二世帯住宅が、燃え盛る炎に飲まれる。

 もう、どうしようも無かった。



「ハァァァァイ!!」



「ハァァァァァァァイ!!」






「ハ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛イ゛!!!!」




「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァィ――――……」




 炎は、夜中燃え盛っていた。













『Dレポート』

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