vs妖魔アルムエルド

 一日目、昼過ぎ。

 『円なる湖』クリスタルレイク。


『素敵なおうち。私もここを脱出したら住んでみたい』

「ハァイ!」


 黙々と身体を動かす緋色を余所に、通信先から声が漏れた。モニターと暗号解読を同時に行っていたようだが、その内の後者を休憩しているのかもしれない。もしくは、どちらも続けたまま、平行して会話も行おうとしているか。

 マルチタスク。完全に分析領域を分断して、同時に全く別の頭脳労働を行う。彼女だからこそ出来る芸当。


『へぇ、お風呂にトイレもあるんだ』

「ハァイハァイハァイ!!」

(喜んでるんじゃねえよ…………)


 この二世帯住宅が素直に説得に応じたのは、下心故か。嫌すぎる。

 かくいう緋色は、屋根の修理と屋内の掃除に精を出していた。ディスクの弁ではないが、汚れたり壊れたりしたままなのは何となく気後れするのだ。身体を動かしていた方が、この異常事態に落ち着けるというのもあるが。

 ちなみに、破壊したドアだけはそのまま直さないでいる。監視はディスクが行っているし、何よりまた閉じ込められる可能性は無視できない。だが、そのリスクに目を瞑っても、この拠点の使い勝手は抜群だった。


「工具があるのは助かった。木材が少し足りない。湖周りのを使ってもいいか?」

『湖から少し離れれば大きさも程よさそう。よさげな倒木があったのを覚えているからナビするよ』


 流石、その観察力は侮れない。移動中にも彼女なりにポイントチェックしているのだ。緋色は隅っこに落ちていたナップザックに色々突っ込んで家を出る。


「解読は、どうだ?」

『……ちょっと厳しい。手元のデータじゃあ全然照合しない。これ本当に別の星・別の文化圏に連れていかれたって可能性をバカにできないかも』

「お前でもそうなのか……」


 世界各国の暗号基準が(どういうわけか)頭に入っているらしい彼女が、ここまで一端すら掴めないのだ。異常事態が積み重なる。緋色は唸った。


「モニターを中止して暗号解読に集『ダメだって』


 有無を言わさない。


『危険度は結構未知だよ、ここ。周辺とか、他にも色々モニターできるみたいなんだけど……結構えげつないドンパチ騒ぎだった。戦争でもしてるのかな』

「……そいつらも家だったのか?」

『アレが標準のはずないでしょ。人、機械、鳥、蛙、あとでっかいの。もう滅茶苦茶だよ』


 緋色が唇を尖らせた。拗ねるような仕草だ。通信先からくすりと笑い声が聞こえ、表情を戻す。


『それに、録画不可なのが大きいかな。何か見逃すと本当に危ない。真相解明のために、どんな要素も見逃したくない』


 間が、五秒。何かを計算しているのだろう。


『二徹くらいならスペックそのままでモニター可能』

「……無理はすんなよ」

『ありがと。三日目まで続くようならどこかで休息を取る。その間、潜伏ね』

「了解。……ちなみに、飯風呂トイレはどうすんだ?」


 たまたま耳に入った会話が、頭のどこかに残っていたのだろう。通信に再び間が空いた。


『…………ん。

 食事は大丈夫だよ。取り敢えず三日分、節約すれば一週間はもつ。バナナもあるし糖分は十全。モニター前で済ませられる。

 お風呂は脱出したあとにでもゆっくり入るよ。ウエットティッシュとかその他色々充実しているし、うわっこんなのまで……あ、でも耳掻きはないや。別にいいけど。

 トイレは……どうして携帯トイレがたくさんあるの? 使えってこと? 耳掻きはないのにどうしてこんなに用意してあるの? 確かにモニター前から一秒も離れたくないけど……ペットボトルとかよりはマシだけど……ここひょっとして監視されてたり盗聴されてたりしない? いや、大丈夫大丈夫こっちは気にしないで』


 やたらと早口で捲し立てられた。

 すごい、気になる。


「いや、そこまで嫌なことをしなくても……」

『君に何かある方が、よっぽど嫌だ』

「…………ぅん」


 真っ直ぐに言われて、緋色は赤面した。気まずそうに頬を掻きながら。視線を空に向ける。だから彼は気付かなかった。通信先からかすかに聞こえる電子音に。


『オーダー、緋色。そのまま進んで。戦闘準備』

「デュエル成立、か。これ、お前を閉じ込めてる奴が決めてんのか?」

『だと思う。逆らうと私の身が危ないと思ってね』


 おどけて言う彼女の声に、緋色の緊張がほぐれる。ナビ通りに動くと、と言っても道筋は大きく変わらなかったが、開けた場所に出た。


『だから。任せたよ、相棒バディ

「任しとけ、相棒バディ







 何か大きなものを引きずったような跡。目的だった倒木は、その上に座る男にここまで運ばれたらしい。巨大な刀剣を無造作に振りながらぶつぶつと独り言を漏らしている。

 緋色が一歩足音を立てると、男は大剣を地面に突き刺して振り返った。


「アルムエルドだ。アルでいい。親しい奴はみんなそう呼んでいるよ」

「緋色だ」


 ムラのある褐色の肌。赤茶の髪。そして、背中の蝙蝠のような羽根。


『分析不能。緋色、人間じゃないよアレ』

「見りゃ分かる。何なんだここは……」


 突き刺した刀剣を、アルと名乗った男が引き抜いた。上に、上に。見た目からして相当な重量なはずだ。それを軽々、上段に持ち上げる。妖精の身でありながら、魔へと『反転』した妖魔。直後に、彼は緋色の姿を見失っていた。


「瞬歩」


 瞬間加速。既に懐に潜り込まれている。


「掌波」


 固めた掌底が、心臓の位置に叩き込まれた。衝撃が妖魔の肉体を伝播し、全身の力が抜けていく。その場に崩れ落ちていくように。大剣が虚空に溶けて風に流された。


「ベルはどこだ」


 その場に倒れたアルムエルドを緋色が蹴り飛ばす。ざっと見渡してベルを探すが見つからない。


『ズボン、右ポッケ。ダミーと半々だけどそれっぽい膨ら――退避っ!!』


 緋色が跳んだ。地面から生えた、墨で塗りつぶしたような鎖が突撃する。後ろに下がったら確実に食らっていた。


「くっはっはっ! やべえクラクラする! アンタ相当の使い手だなぁ!!」

『緋色、!』


 足元がふらつくアルムエルドは、しかし立ち上がっていた。左手に握る鎖の一端と、右手に持つあの炎の大剣は。

 緋色は、左手首のウォーパーツに意識を注ぐ。



「行くぜ、劫焦炎剣レーヴァテイン――!!」

「ヒィィロォォギアァァアアア――――!!!!」



 歯車が渦巻く。炎が閃いた。奔流する歯車の波が鎖を巻き取る。大剣の振り下ろしを、そのままぶつけて防ぐ。


「へえ、聞いてたとおり強え奴がいるもんだっ!」


 ふらつく足では移動できない。そう踏んで緋色は距離を取った。


『悪手』

燐光輝剣クラウソラス!」


 爆発、閃光。

 真下に叩き付けられた新たな刀剣。現象が緋色の理解を超えた。だが、彼とて歴戦の戦士。判断の間違いを指摘され、既にリカバリーに動いていた。


『そのまま右に、防御』

「ギア・シールド!」


 歯車が積み重なって巨大な盾を形作る。爆炎が盾を飲み込んだ。あまりの熱量に視界が揺らぎながら、その耳は致命的な声を拾う。


「力押し、だぜっ!!」


 爆炎を放ちながら劫焦炎剣レーヴァテインで突撃。歯車の盾がぐにゃりと歪む。炎熱の中から這い出てくるのは、妖魔のドヤ顔。


「や――ば、ぐっ」


 ディスクの悲鳴が耳に入った。右の脇腹を貫く一撃。膨大な熱量が緋色を体内から焼いていく。


「うっぐ、おおおおぉぉっ」


 大剣を蹴り飛ばし、転がるように這い回る。火は消したが、追撃は待ってくれない。もう一振り。上段に構えた妖魔の顔がぐわんと揺れた。

 眉間に突き刺さる、小さな歯車。


「ギア……ショッ、トっ」

「上、等だぁ!!」


 強引に持ち直す。額から血を流しながら、アルムエルドは止まらない。再び爆炎の大剣を振り下ろす。

 力押し上等。緋色の手にも、歯車が集った大剣が握られていた。


劫焦炎剣レーヴァテイン!!」

「ヒーローソード!!」


 激突。粉砕。

 その威力は、全くの互角だった。粉砕する大剣と大剣。破壊の余波が男二人を叩く。踏ん張る妖魔が目を凝らす。歯車が飛び散った。黒い鎖が跳ね回る。巻き上げられた土煙に、攻撃が、攻撃が、攻撃が。


「おら、その焼け傷じゃあ動け――っ!?」


 腕を持ち上げようとして、気付く。上がらない。痛みはそれから起こった。振り返り視認するのは、両腕両脚に歯車を纏わせた緋色の姿。北欧の金属細工師が絶叫と共に転げ回った。

 左の肩をへし折られていたのだ。そりゃ悶絶する。


「――――無明むみょう

『しくじった。あれじゃあ多分まだ動ける!』


 舌打ちと共に緋色が拳を構えた。返事をする余裕すらなかった。脇腹からぼたぼた血が垂れる。傷を覆うように歯車が回る。修復リペア。しかし全く追い付いていない。


「……へっへ、やるじゃねぇか」

(本当に立ちやがった!?)


 リカバリーが早い。緋色は未だ息が上がったまま。待ちの姿勢のまま、歯車が今度は円盤のように集った。その数は、十。片腕をだらりと垂らす妖魔も、新たに鋭い刀を手に持つ。


「ギア・ネブラ――――十全」

『緋色、ネブラのナビは任せて』

断雷千鳥ライキリ


 三度、交錯。

 妖精鍛冶が雷を放つ。対するように、円盤が八枚積み重なる。まるで鏡のような光沢。拮抗は、一秒足らず。鏡の円盤が雷を跳ね返す。


『ネブラ・ミラー!』

「跳ね返したっ!?」

「だけじゃねえ!!」


 緋色の追撃。円盤は二枚残っている。さっきの雷撃をぎりぎり跳ね返せる目算が、八枚だった。片腕だけのアルムエルドは反撃に反応できない。咄嗟に断雷千鳥ライキリを投げ捨てて右に跳ぶ。辛うじて回避。

 左腕をやられているのだから、反射的に右に跳んだ。分析済みアナライズ。待ち受けていたのは二枚の円盤。


「『ネブラ・レーザー!!』」

「足元がお留守だぜぇ!!?」


 地面から土竜のように飛び出したのは、黒い鎖。円盤から放たれた光線が妖魔に直撃する。鎖は、回避不能。緋色が大地を踏み下ろした。


「地龍!!」


 顔面を狙った鎖の軌跡が下にズレる。震脚を放った右足の肉が削り取られた。


「う、っぐあ――――っ」


 悲鳴を飲み込み、顔を上げる。光線は直撃したはずだ。だが、目前に迫る五つの光弾は。


伍岐灼槍ブリューナク、だぜ!」

『ネブラ・シールド!!』


 オペレーターの声に押されて緋色が動く。二枚ずつ、五対。歯車の円盤が全て粉砕される。威力が落ちた光弾が、緋色に殺到した。右足がやられて動けない。緋色は咄嗟にガードを固めた。


「ハッハ、そろそろ仕舞いか、緋色! ガンガンいく、ぜ……っ?」


 次弾を放とうとした北欧の妖精が、ぶっ倒れた。全身から煙を上げながらも、妖魔は黒い息を吐いた。今のレーザーに致命傷足る威力はなかった。最初の一撃が一番効いている。さっきからうまく力が入らない。

 緋色も、焼け焦げた皮膚から煙をあげながら膝を着いていた。だが、それだけじゃない。その力強い視線は、カウンターでも狙っていたか。


「アル、だっけ?」

「おうよ、やるな緋色」


 緋色はにかっと笑った。この胸を焦がすような感覚は久々だ。あの若いランス使いを思い出した。だったら、なおさらだ。こんなところで終われない。

 決着を。

 妖魔アルムエルドは、震える膝を叱咤しながら立ち上がった。生まれたての小鹿のような、頼りない足取り。しかし、もう一撃を放つにはギリギリ耐えうる。呼応するように緋色も構えを取った。両脚を歯車が纏い、その周囲に大小の歯車が展開される。


『バイタル安定。行けるよ、緋色』

「合点」


 妖魔が右手を高々と上げた。脂汗まみれの、不敵な笑み。巨大な槍が天空に組み上がる。煌々と現界する、主神の槍。複製であれど、その威容はまさに神の一撃に相応しい。


「行くぞ、緋色」

「来い、アルムエルド」


 放たれる、神槍。


天貫神槍グングニル


 空間を抉り取り、受けた相手諸共に消滅させる。そんな神の一撃に緋色が行使したのは、徹底した蛮勇だった。

 歯車が回る。歯車が巡る。増幅し、同調し、邂逅し、結合し、増幅し、増幅し、増幅し、回り、巡る。心臓の鼓動が全身に波打った。その拳は、人類の最前線を往くもの。

 回れ、『英雄の運命ヒーローギア』。



「インパクト、マキシマム――――!!!!」



 放つ、一撃。

 神槍の真っ正面にぶつけられた拳は、それでも拮抗する。心臓の鼓動が伝わる。踏み締めた大地が脈動する。魂が震えた。相棒バディの叫びが緋色の拳に上乗せられた。

 神槍に、ヒビが入る。

 砕け散った槍の向こう。妖魔の凄惨な笑み。破片が緋色に降り注ぐ。これだけの質量。緋色の傷が増えていく。回転を続ける歯車を纏いながら、緋色は前へ。


劫焦炎剣レーヴァテイン――!!」


 もう一撃。一撃放てるならば二撃目も。全てを振り絞る。炎の大剣。緋色は口角を上げた。

 緋色は、強い。そんなお墨付きを貰った緋色の十八番。


「ギア・パージだぁ!!」


 ウォーパーツが解除される。そのエネルギーは、飛び散る歯車となって劫焦炎剣レーヴァテインを打ち砕いた。もう二歩前へ。


「まだだ!」

「ここだ!」


 掌底が妖魔の顔を押し上げ、黒い鎖があらぬ方向に飛んでいく。下げようとした足が、膝が、緋色の蹴りに制される。


「トリガーセット」

『二点掌握』


 無意識無限。積み重ねられた研鑽の粋が炸裂する。繰り出される連撃の中、妖魔はもがいた。抜け出せない。武器を精製しようと、その尽くが狙いを逸らされる。


(異能……違う、こいつの積み上げた技術――――)


 意識が、薄れる。全身が重りのように怠い。それでも、と大地を踏み締める。抵抗する。凄惨な笑みが、緋色に向けられる。

 拳は、握れる。放てる。


「『トドメ――二拍子!!』」


 妖魔アルムエルド。その最後の拳も、緋色の連撃が飲み込んだ。その肉体の真っ中心に叩き付けられた掌底。最初の一撃と同じ。深海に沈むように、その身体が大地に沈んだ。







「おら、俺の負けだよ」


 妖魔はポケットのベルを投げ渡した。飛距離が足りずにぽとりと落ちる。見栄を張った演出が裏目に出て、気まずい空気が流れた。


「……ああ、強かったよアル」


 言いながら緋色が踏み潰す。間違いなく、強敵だった。それもレグパのような倒すべき仇敵としてではない、ドラグのような高潔な好敵手として。


『緋色、大丈夫?』

「例によって、俺は頑強だ……アネゴも認めるレベルだぜ?」


 傷だらけで軽口を叩く緋色に、ディスクは安堵の息を吐いた。何とか大丈夫、相棒バディならば反応で分かるのだ。


「ちぇ、ここで終わりか……でも、楽しかったぜ」

『勝手に終わらせないで』


 オペレーターに口を挟まれて妖魔の口元が不機嫌そうに歪む。だが、それどころではないのだ。


「そうだった、アル。今ここで何が起こっているのか、教えてくれないか?」

「あん? 知らないで戦っていたのか?」


 緋色が頷いた。よろめく身体で何歩か下がっていく。


「戦争、らしいぞ。5つの陣営に分かれて代理戦争なんだってさ」

「は? なんで?」

「……そういや聞いてねえ。訳わからん骸骨に、強い奴と戦えるって聞いただけだし」


 乾いた笑み。しかし、笑い事ではない。


『ちょっとその話詳しく』

「負けたんだろ……知ってること全部話せ」


 下がって、それなりに大きな木に寄りかかる緋色。そのままずるずると座り込む。

 通信先で、今や聞き慣れてしまった電子音声。そして、ディスクの悲鳴のようなオーダー。




 木が、爆発した。








『Dレポート』

・代理戦争だと判明した!

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