2-5 夢のマイホーム 2
大きなベッドであろうと、流石に4人が寝そべればぎゅうぎゅう詰めで暑苦しい。
俺は床で構わないと言ったのだけれど、珍しくレインがみんなで仲良く寝んねしたいと言い出した時は、隕石が降ってくるのではないかと疑ったものだ。
なんにせよ硬くて冷たい床で寝るのはマシだと、ルンルン気分で三週間ほど爆睡してやろうと床に就いたのだけれど、そうは問屋が卸さないのがレインさん。
「起きてます? 起きてますよね? 枕投げでもしませんか? あ、恋バナとかのほうがいいですか?」
「やらねーよ。修学旅行生ですか」
「だってだって、起きてた方が良くないですか? 寝てしまったら万が一に幽霊が出た時に対処できないじゃないですか」
彼女の言い分も一理ある。幽霊が出やすい時間帯は丑三つ時なのだから、吞気にぐーすか眠るのも問題があるだろう。
そしてレインの言葉にまさかの加勢が入る。
「枕投げとか恋バナってなに?」
シャンである。
彼女は修学旅行のお約束を知らないお年頃なのだ。当然の疑問である。
「友達とのお泊り会のお約束ってやつかな。寝る前に枕を投げ合って盛り上がったり、好きな子を言い合って笑い合ったりするんだ。青春の一ページってやつだ」
「ふーん。あ、シャン好きな人いるよ」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
さっきまでの眠気が綺麗さっぱりサヨウナラ。かわりにドロリとした黒い邪念がやってきました。今なら闇の波動を手のひらから放出出来る気がする。
「そうですか……シャンにもそんな人が現れたんですね」
「ばっ、まだ早いよ! いかんよ不純だ不埒だ不道徳だ!!」
「シンヤさんは頭が固すぎです。女の子は男の子より成長が早いんです。好きな人が一人二人いても不思議じゃありません」
「一人ならまだしも、二人だなんて盛りすぎだよお……」
くぬおお……最近の子はどないなっとんじゃあ……
「それでそれで、相手はどんな人なんですか?」
「うん、パパとママとララファさんとフェリちゃん!」
屈託のない笑顔のマイエンジェル。
「俺、泣きそう。つうか泣いてるわ」
「私もです」
「ありがとうございます。ボクも嬉しいです」
恋バナしてほっこりしたのは初めてである。大抵茶化されたり、他の子と被って変な空気になるものだが、平和になるものなのだな。素晴らしきかな恋バナ。
「ボ、ボクはご主人様のことが好きです……」
まさかの継続の恋バナである。
フェリちゃんの恋バナは周知の事実なので、こちらとしては苦笑いしか出来ない。
「でも、パパにはママがいるもんねっ!」
「あー、そうだねえ……」
「何ですか、その気のない返事は」
だって俺の好みはおっぱいの大きい母性ある女性だもの。レインは対極に位置する存在なのだから、不満が出ても仕方がないじゃいか。
「ところでパパとママはどうして結婚したの?」
なんとも純粋無垢な質問だろうか?
子供ゆえに自分の親の馴れ初めは気になるところなのだろうが、残念なことに俺達はそう言った関係ではない。
じゃあどんな関係なんだろう?
かく言うレインさんも困った表情をしているではないか。
ここは俺がフォローしてやりますか。
「いやあ、ママがパパのことを好きすぎてね。あまりに情熱的なアプローチをするものだから、致し方なく了承したのだよね。まったくモテる男はつらいのなんのって……」
「ちょ、なにデタラメ言ってやがるんですか。逆ですよ! パパがママにストーカー紛いの行為をしまくるもんですから、こちとら苦肉の想いで頷いてやったんです」
「おいおい、いつ誰がストーカーしたってんだ。デタラメはよせ」
「それはこっちのセリフです。あなたにアプローチとか想像しただけでゲロゲロです」
なんだよゲロゲロって。どんだけ嫌なんですか。
ほんのちょっぴり傷付いちゃうじゃないか。
「変なの、なんか二人とも嘘ついてる顔してる」
「嘘なんか……」
「ついてないですよ?」
「えー、嘘だよ」
どうも俺達が嘘をついていることに確信を得ているようだ。
いい加減本当のことを話すべきなのではないかと思う。
最近のシャンは妙に聡いところがあって、噓をすぐに見抜いてくる節がある。こちらとしては心苦しいし、何より隠し事っていい気分がしない。
「実は俺達……」
本当の夫婦じゃないと伝えようとした矢先、
「ああああああ! トイレ! シンヤさん、トイレ行きましょう」
「はい? いや、一人で行って来いよ」
「幽霊出たらどうするんですか。とにかくついて来てください」
有無言わさずに腕を引っ張られ、邪魔をされてしまった。
レインの便意は本当のようで、俺を連れて来てさっさとトイレの個室に入ってしまい、お互いドア越しで会話をする形となる。
「さっき何を言おうとしたんですか?」
顔は見えないけれど、声音から怒っているとわかる。
「そりゃ本当のことだよ。俺とお前の関係のこと」
「言って何になるんですか? あの子がショックを受けて、何もやる気が起きずダラダラと惰眠を貪り、毎日を惰性的に清算する女の子になったらどうするんですか」
「シャンなら大丈夫だよ、たぶん」
「また根拠のないことを」
「じゃあ、レインはこのままでいいの? 嘘ってのはつき続けたぶんだけ後々面倒くさくなるんだよ。例えばヒロインが勝手に問題抱えて、だれにも相談しない結果、誰得シリアス展開になったりして、このアニメ不快だから切るわとか謎の勢力に叩かれるんだ」
「言っている意味はわかりませんが、その謎の勢力が繊細なことはわかりました」
顧客のニーズに合わせる大切さについての話なのだけれど、ピンとこないらしい。
「あの子は賢いし、大きくなればなるほど、俺達に違和感をおぼえるはずだよ。一生隠せることじゃない」
「だからって、今じゃなくてもいいじゃないですか」
「じゃあ、お前のウンコが終わったら言おう」
「美少女はウンコしません。あ、音とか聞いたらぶちのめします」
「じゃあ連れてくんなよ……いいよ、俺戻ってるから」
「ああああ! 待ってください行かないでください。一人になった瞬間に怨霊にロックオンされちまいます!」
この美少女は俺にどうしろと言うのだね。
俺だってブリブリ音なんか聞きたくないわ。
「耳を塞いで待っていてください」
「へいへい」
言われた通り耳を塞いで待つことにする。
「……シンヤさん、いますか?」
「…………」
「あれ……? ちょっと、行っちゃったんですか!? 返事をしてください!」
「…………」
「びああああああ! いやあああああ! 呪われます! 出たいです! でも出ないから出れないじゃないですか! 直腸に詰まってやがります!」
「嗚呼、うるせえなあ! 黙って踏ん張れや!」
「ちょっと、呼びかけたんだから返事してくださいよ!」
「耳塞いでんだから聞こえる訳ねーだろ!」
「あ、そっかー」
最近、こいつ実は馬鹿なんじゃないかと思えてきた。
「はあ……さっきの話だけど、お前が何と言おうと俺はシャンに説明するからな」
やっぱりこのままじゃ良くないと思う。
優しい嘘なんて言葉があるけれど、そんなもので作り上げた幸せなんて脆そうで嫌だ。一度壊れたら、元には戻せなくなりそうで嫌だ。
「もう、わかりましたよ。ホント人の話は聞かないし頑固ですよね」
「うっせ」
「シンヤさんだけ嫌われればいいんです」
「おいおい、知らないのかい? 子供ってのは親から酷いことされても、心の底から憎めないようにできてるんだ」
「そんなもんでしょうか?」
「とにかく、あの子を信じようよ」
何もかもが嘘って訳じゃない。それはレインもシャンも知っているはずだ。
「た、大変ですシンヤさん!」
レインはドアの内側から悲鳴に近い声を上げる。
「どうした!? まさかマジで幽霊か!?」
「紙がありません……!」
「…………」
このまま放置してやろうかしら。
後が怖いからやめておくけど。
「フェリちゃん、悪いけど紙持って来て」
こちとら身動きが出来ない状態なので、仕方なくフェリちゃんを呼ぶことにする。
けれど、来る気配がない。
おかしい。いつもはフェと発した辺りで参上するのだが、いまは何度呼んでも現れる気配がない。
試しに大きな声で呼んでみたが、やはり駄目だ。
「どうかしましたか?」
「フェリちゃんが来てくれないんだ」
「ついに愛想つかされましたか」
「ちょっと見てくる」
「ええ!? いやいやいや! 一人にしないでくださいお願いします!」
後ろの方で喚いているが、構っている場合じゃない。
俺は二人がいる寝室に戻って所在を確認するが、嫌な予感と言うのは的中するもので、フェリちゃんだけでなくシャンも姿を消していた。
「そんな……」
急いで他の部屋も確認するけれど、やはり見つからない。
まるで、家に一人取り残されたかのような静けさだ。
「そうだ、索敵だ」
索敵を発動させると、周辺のマップが表示されるのだが、生命体の反応が見られない。
そういえば、さっきからサルみたいに喚いていたレインの声までも聞こえなくなってしまっていて、彼女の反応も見れなくなっている。
「おい、レイン! いるなら返事しろ!」
急いでトイレに戻り、何度かドアを叩いてみるが、やはり返事が返ってこない。
「いても怒るなよ……」
俺はスキルでステータスを底上げさせ、トイレのドアを無理やりこじ開ける。
「うっ……これは……」
そこに彼女の姿はなく、残されていたのは見事な一本糞だけだった。
「くっさ」
思わず扉を閉じてしまう。
およそ美少女の体から排出されたとは思えないバナナウンチ。
きっと、幽霊の仕業に違いない。
そう自分に言い聞かせようとするのだが、
「シンニュウシャハッケン。テンソウヲカイシシマス」
後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには寸胴に大きなネズミの耳を取り付けたロボットがいた。
古風なロボットハンドが俺の腕を掴んで離そうとしない。
「なんだお前!?」
「テンソウカイシシマス」
音声と共に足元に魔方陣が浮かび上がる。
「転移魔法!?」
しかし、気付いたころには俺の体は光の粒子に包まれていき、意識が途切れた。
異世界に転生したらパパになりました! 獅子岡さん @soeken
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