1-33 スーパーデンジャラスエクストラパフェ 2

 俺は最初、お城の模型か何かかと思っていたのだが、目を凝らして見ると、何段にも重ねられたアイスに、クリームと何かのフルーツで装飾されたものだと気が付く。


 クリームの純白に彩られたイルミネーションは、クリスマスを連想させる。雪山の中に眠る城と形容するのが正しいのだろうか。しかし、こいつはそんな大人しい物じゃないと直感的にわかる。


 「これが、スーパーデンジャラスエクストラパフェ……」

 「梯子でも使わないと、てっぺんまで届かないんじゃないでしょうか?」


 レインの言う通り、その高さは大人一人分あるように思える。台車の上に乗っているせいか、俺の身長よりも高い。


 「どうでしょうお客様。これが我が城、スーパーデンジャラスエクストラパフェの全容でございます。飲み込むか、飲み込まれるかはお客様次第でございます」


 随分と洒落乙な言葉を吐きかけてくれる。

 ここまで言われて引き下がれるものか。


 「飲み込んで見せましょう。お皿が真っ白になるまで、それこそ洗う手間など必要が無いほどペロペロと磨き上げて返して差し上げましょう」


 オサレなセリフにオサレで対抗したくなっちゃうのが男の子ってもんだ。果たして今のセリフがオサレだったかは俺にもわからない。

 これには店長もムムムな表情である。


 「ペロペロはやめて頂きたいですな」


 へへっ……俺の威圧にビビってやがるぜ。

 時間が経つにつれて店内にギャラリーが増えてきている。ここで一発成功させて、この町の歴史の一ページに刻んでやろうじゃいか。


 「それでは準備はよろしいですか? 30分以内に完食でクリアです。見事完食できれば無料で提供させていただきます」


 店長が告げる。

 皆さんスプーンを片手に、城を見上げる形になる。


 ウエディングケーキのように、段を積み重ねるごとにホール型のアイスが小さくなっていき、てっぺんはタワーのような構造をしている。上から徐々に崩していかないと、バランスを崩してパフェを倒れてしまうかもしれない。


 これは精密かつ迅速に食べていかなければいけないだろう。


 「始めえええええええええええい!」


 今、ゴングが鳴った。


 とまれ、焦らず一口頂く。


 「……………あま」


 なんじゃこりゃ!?

 激アマじゃねぇか!

 こんなん食えるか馬鹿たれ!


 頭の中で次から次へと罵倒が流れてくる。これはアレだな。めっちゃ甘くして常人では食えないようにしているに違いない。


 とんだ詐欺である。

 だいたい、梯子でもない限り上の部分を食べるのは困難だとわかりきっているのに、用意もしてくれないとは、わかってやっているとしたら性格が悪いなんてものじゃない。


 店長のほうを見ると、ニヤリとほくそ笑んでいやがる。畜生め。


 しかし、


 「ちょうどいい甘さですね」

 「うむ、なかなかの腕だな店長よ」

 「あまあま! うまうま!」

 「ご主人様、あーんしてください」


 と女性陣には好評のご様子。これには店長もお口をあんぐりと開けている。


 いやあ、化け物ぞろいで助かったぜ。まあ、こいつらがいなければ、そもそもスーパーデンジャラスエクストラパフェに挑戦することもなかったのだけれど。


 「あーんしてください……」


 よおし、男チームは戦術兵器を投入だ。


 「ねえ、フェリちゃん。まずこれを攻略するにはてっぺんの塔からだと思うんだ。下からチマチマと食べてたら完食できない。そこで提案なんだけど、あの塔をササッとフェンリルパワーで処理できないかな? すぐに処理できればその分の時間であーんがいっぱい出来るよ?」


 「言う通りにしたら、いっぱいあーんして良いですか?」

 「うん。頑張る!」


 ゲロ吐いてでも受け止めちゃう!

 こちとら破産の運命がかかっているのだからね。


 「わかりました」


 そう言うと、ポンと姿をフェンリルに変化させる。周りの人達から悲鳴があがるけれど知ったことではない。好き勝手やっちまえ!


 すると、あら不思議。目にもとまらぬ速さで塔が崩れていくではあーりませんか。


 「ななな、何をした!?」


 店長が俺に向かってクレームを入れてくる。


 「だーっははは! どうだ見たか、これが聖獣の力だ! 卑怯な手使いやがって、このインチキ喫茶が!」


 「だ、誰がインチキだ! うちはこの味が人気なのだよ!」


 うっせーボケナス潰れろ。


 「それではご主人様。二人だけの世界に参りましょう」

 「ああ、うん」


 女性陣のペースを見る限り問題なく完食できそうで、とにかくシャンの食欲が凄い。フードファイターの世界に参入できるレベルのスピードで、胃の中にアイスやフルーツが消えていく。きっと彼女の胃は宇宙で出来ているのだろう。

一杯食べる子は良い子に育つぞ。

パパ嬉しいです。


 「フェリちゃんはもう食べなくていいの?」

 「もうお腹いっぱいです。あーんしてください」

 「小食なんだね。あーん」


 うーん。甘い。あまあまだ。


 「あんなに食べたら太っちゃいますよ。ブクブクです」


 フェリちゃんがポツリと呟く。


 その声を聴いて、レインとララファの体が硬直する。


 「あー、あー、なんだかお腹がいっぱいですねー」

 「むう、無念だ……実はわたしは小食だったなー。ざんねんだなー」


 おいおい、何言ってんだこのコンビ。


 「ちょっとお二人さん。さっきまでの勢いはどうしたのさ?」

 「あはは……乙女のお腹が泣いています」

 「それ、お腹が空いて鳴いてるんじゃないの?」


 あれだけ食ってまだお腹が空いているとか恐ろしい胃袋である。


 「で、ララファはなんすか? 小食? もう小食で言い逃れできる範囲超えてるからね。諦めて食べてくださいよ」


 「そうですよ。ララファさんは私と違って普段から馬鹿みたいにパワー使うんですから、ここでカロリーとったほうが良いと思います」


 なんか知らんがレインが便乗してくる。


 「くふふ……それなら馬鹿じゃないレインは頭を使うのだから、お前こそカロリーを取るべきだ。そして家畜のように太って、シンヤに捨てられてしまえ!」


 二人が言い争いを始めてしまうと、俺ではどうにもならない。

 何とかして彼女たちの分を俺が補いたいのだが、フェリちゃんが未だにあーんをやめてくれないので、ペースを上げられない。


 その無様な姿を見て店長が威勢よく笑い始める。


 「くはははは! どうした兄ちゃん、ペースが落ちてんぞ! このままじゃ債務者コースまっしぐらだな。まあ、安心しろ。いい知り合いを紹介してやんよ!」


 もう隠す気もないのか、悪役丸出しのセリフで俺達を嘲笑い始める。


 「あーあ、ああーああ! 残り時間もだんだん迫ってきてるよお! 男は地下奴隷! 女はソープに落としてやんよヒャーッ!」


 水を得た魚とは店長のことで、さっきからキャンキャン吠えてうるせえのなんの。


 「ちょっと、お二人さん。店長さんあんなこと言ってるんすけど良いんですか?」

 「あは、もしもの時は皆殺しにします」

 「右に同じく」


 ああ、こいつらに常識を強要した俺が馬鹿だった。


 「くそっ……どうしてこんなことに……」


 くそう、都合よくダブルブッキングさせやがって。

 安易に約束なんかするものじゃないと身をもって知りました。目の前の幸せを追った結果、コケてしまったのです。世の中良くできてるなあ。


 俺が頭を抱えていると、


 「ねーねー、パパ」

 「ん? どうした? お腹一杯なら無理しなくていいからね」

 「のこりぜんぶ、シャンがたべていーい?」

 「ははは、何言ってんだい。出来るもんならやってみなっての」

 「うん、わかった!」


 実に嬉しそうに彼女は頷く。

 すると、シャンは某ピンクの球体の化け物のように、口を大きく開け、掃除機のようにゴオっと吸い込みを始めだす。コピー能力でも備わっているのだろうか?


 「…………はい?」


 溶けかけのアイスから、フルーツ皮ごとなんでも吸い込みます。わあ、すごい掃除業者でも開業して、一儲けしちゃおうかしら?


 その様子を惚けて見ていると、あっという間にぺろりと平らげる。

 まさに一瞬だった。半分あったパフェを、女児の吸引で皿の上を荒野へと変貌させてしまったのである。


 「そ、そんな馬鹿な……」


 さっきまでの威勢はどこへやら、店長の顔が真っ青になって、へなへなとその場に崩れ落ちてしまう。


 「ちょっと、シャン。そんなに食べて大丈夫なの?」

 「……? だいじょーぶだよ?」

 「それならいいけど……」


 レッドドラゴンだけでなく、スーパーデンジャラスエクストラパフェをも倒してしまうとは、相変わらず恐ろしい子である。


 食欲旺盛なのは大変よろしいが、このままでは食費で家計が火の車になってしまうかもしれん。あとブクブク太られるのも嫌だなあ。


 周りで見ていたお客さん達がシャンに向けて拍手を送ってくれる。

 シャンはその光景を不思議そうに眺めていた。


 「こういう時は手を振ってみたらどうかな?」


 俺はシャンに提案してみる。


 「どうして?」

 「なんか勇者っぽいじゃん。俺だったら誇示しまくるよ」

 「またシャンに変なこと教えて……」


 「まあ、良いではないか。勇者様のおかげで、クリアすることが出来たのだ。……して店長。わたしのテリトリーで違法な商売をしている輩が、最近跋扈しているみたいだが、貴様なにか知っているな?」


 ララファは蹲る店長の頭を踏みつける。


 「い、いえ! 何も知りません! 本当です!」


 「さっき、いい知り合いを紹介してくれるとか言ってたが、あれは嘘なのか? せっかく経営もいい軌道に乗ってきたのだ。ここでわたしに嘘をついて全部台無しにするのは勿体無いと思うのだがね」


 「うう……わかりました、言います。だから許してください!」


 ララファはそれでもぐりぐりと頭を踏みつける。


 ああ、許す気なさそうだね、これは。

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