1-31 うざい勇者から勧誘されました!

 「ハハハハハ、今日は我の奢りなり。遠慮なくオーダーしたまえ!」


 空気の悪いギルドの集会場に気持ち悪い男の西洋笑いが木霊している。

 結局あの後、この男との縁が切れることは無く、むしろ切ろうとしていた糸がアダマンタイトで出来ていましたって罠でごぜーます。


 俺達はドラゴンを倒すことが出来ずに、むざむざと町に帰還したのだけれど、何故かモリゾウも付いてきて、ご飯を奢るといらない配慮を貰って現在に至る。

 俺の隣には嫌そうな顔をしているレインとニクニクと口ずさんで、純粋に食事を楽しんでいるシャンがいる。


 「シンヤさん、誰ですか? この暑苦しくて鬱陶しい男は」

 「久保田さん」

 「……誰ですか?」

 「お前も忘れてるんかい」


 相変わらず冷酷な女である。久保田さんを忘れるだなんて酷い話だ。

 俺以外の人間は彼を知らないだろうし、覚えてもないと思うけれど、このモリゾウと名乗る男は俺が転生前に出会っている人間で、そして、その正体は何の運命というか手違いと言うか発注ミスみたいなアレそれで、俺と転生先が入れ替わってしまった男、久保田さんである。


 本当だったら勇者の席は俺が座っているはずだった。

 でも、なんだろう? 全然羨ましくないのである。モリゾウくんには申し訳ないが、俺は似非アメリカ人になってまで勇者になりたくはないし、別にいまのポジションだって何だかんだ気に入っているのである。強いて言うなら、モリゾウの側近のおっぱい姉ちゃんを俺に下さい。それ以外は何も望みません。


 「それにしても、久保田さん随分変わりましたね」

 「すまないがその名は捨てた。我のことは勇者モリゾウと呼ぶがいい」

 「はあ、じゃあモリさんで」


 人間と言うのは短期間でこうも変わるものなのだろうか? 前のモリさんはクヨクヨうじうじのナメクジ野郎だったけれど、今は超合金モリゾウといった感じの輝きを放っている。テカリ具合と言えばナメクジと大差ないかもだけれど。


 「勇者様、あーんしてください」

 「ああ! シルフィったらズルい! あたしがモリゾウ様にするの!」

 「あら、ウンディは昨日さんざん楽しんだでしょう? 今日は私の番よ」

 「ハハハ、順番順番だ。なんなら一斉にきたまえ。我の口は大きいぞ」


 モリゾウがおっぱいAとおっぱいBとイチャついている。別に羨ましくないぞ。俺だって頼めば、あれぐらいしてくれるパートナーがいます。ね? レイン?

 と彼女に目配せしてみる。


 「何ですか?」


 寸分の狂いもない返答が帰ってくる。知ってた。


 「パパ、あーん」


 すると、横でお肉をニクニク言いながら頬張っていたシャンが、俺に一切れ差し出してきてくれる。ああ、天使じゃわい。

 もちろんこれを頂きます。集会場の一番高い肉なだけあって、なかなかにジューシーでございます。俺も十分リア充しているなあ。


 「そうだ、紹介がまだだったね。こっちの胸の大きいのがウンディでちょっと大きいほうがシルフィンだ。よろしく頼むよ」


 二人とも魔改造されたようなドレス衣装で、肌色の面積のほうが多い。胸の主張がとにかく酷く、目のやり場に困る。失礼だが風俗嬢と勘違いされても批判はされないと思う。


 それにしても下品な自己紹介なうえにわかりにくい。面倒くさいので青いのがおっぱいEで緑がおっぱいDと覚えておこう。

まったく、モリさんは異世界のノリで頭がイカれて、現代日本のマナーやら謙虚さというものを見失っている。ここは俺が正しい自己紹介を見せてあげねばいけない。


 「こっちのおっぱいAがレイン痛い痛い痛い! 冗談です、冗談だからまつ毛引っ張るのやめてください! そうだよね、そのうちおっぱいCぐらいにはなる予定だもんね。ってあああああああ両目はやめてくれ!」


 鬼! 悪魔! 無乳! ちょっとしたジョークじゃないか。そこまで怒らなくたっていいじゃない。ふざけた俺が悪いのだけれど。

 こほんと息を整えて再び自己紹介。


 「えーっと、この子はレインです。俺の嫁です。……ってだから痛いって、腕つねるのやめてよ。今度はオフサイドラインギリギリでしょ」


 「調子に乗り過ぎです」


 今回は割と真面目に自己紹介したつもりなんだけど、お気に召さなかったようだ。

 俺達のやり取りを見てモリさんは面白おかしそうにしている。


 「随分と仲がいいのだな」

 「めっちゃ虐待されているんですが」

 「羨ましい限りだ」


 ドМなのだろうか? 彼は物寂し気にそんなことを言う。


 「それで、そちらの子は……」

 「ああ……娘のシャンです」


 シャンはモリさんの願いが形になったような存在だ。そのせいなのか、暑苦しい顔にも、愛しむような表情が伺える。

 転生仕立ての頃は、俺はこの子に対して感慨など何もなかった。人の夢を勝手に荷台に乗せられて歩かされているようで、気に入らなかった。モリさんと立場を変えてもらおうとさえ思っていた。


 でも、今は違う。自分なりに責任は感じているつもりだ。途中で投げ出すような中途半端な真似は嫌いだし、したくないと思う。だから、モリさんが、娘さんをくださいなんて言ってきたら、断固として否と答えるつもりだ。

 けれど彼は、


 「お互い夢を交換する形になってしまったが、我はシンヤくんに感謝しているのだよ。勇者となって生前には無かった自信とやる気が体中から満ち溢れて仕方がないのだ。きっと、大きな力を手に入れたからなのだろうな。毎日が輝いているよ。まるで青春を取り戻したような気持ちだ。シンヤくんには申し訳ない話だけどね」


 綺麗さっぱりと、暑苦しい表情に戻した彼はあっさりと答えた。彼の娘に対する愛情はその程度だったのだろう。


 「そうですか」


 俺は心が冷たくなるのを感じた。


 まあ、別にいい。揉めないだけましだ。きっと、彼は少年の心を取り戻したのだろう。夢とか希望の詰まったおもちゃ箱を受け取って、回帰してしまった。制限のついた大人の力より、子供の無限のパワーのほうが良いに決まっている。


 「良かったじゃないですか」


 レインが耳打ちで俺に言う。


 「何が?」

 「シャンを奪われなくって、安心しませんでしたか?」

 「別に。そもそも渡すつもりないし」


 レインが意外そうな顔をして驚いている。どんだけ信用無かったの俺?


 「ちょっと見直しました」


 帰ってきた反応は思っていたのとは違った。


 「なんだよ。むしろ俺に見直すべき点とか無いから」

 「過度な飲酒、サボり癖、浮気性、セクハラ、自分勝手、えーっと後は……」

 「すみません。これから改めることを検討いたしますので、それ以上俺のダメ人間っぷりを露呈させるのは勘弁してください!」


 くそう、誰だよこのクズ。ええ、俺ですよ。


 「あは、じゃあ、まずはお酒から控えてください」


 おのれ、せっかくの奢りだから、メニューにあるお酒全部を持ってこさせて、全部一口だけ飲んで「金は人の心を豊かにするのだ!」とか言いながら帰るつもりだったのに。


 「シャン助けておくれ。ママが横暴なんだよ」

 「おさけ、のみすぎダメ!」


 彼女はほっぺをぷうっと膨らませて俺をバッシングする。


 「レイン、シャンに何を吹き込みやがった」

 「いえいえ、ただ、毎晩寝かせる時にお酒の中毒性と、アル中の末路をお伽噺風味に聞かせていただけです」


 「もっと優しい心温まるお話を聞かせてあげて!? シャンが新入社員になった時に、お酒の飲めない新人のレッテル貼られたらどうするつもりなのさ!」

 「その時はハラスメントで訴えてやりましょう」


 こえーよ。これがモンペなのかしら?

 やっぱり勇者の席譲ってもらいたくなってきた。モリさんお酌なんかされちゃって羨ましい限りですこと。


 俺は残ったお酒をいやしくチビチビと飲む。

 モリさんはおかしそうに俺を見つめている。


 「俺の顔になんかついてます?」

 「随分と落ち着いたな、君は」


 突然なにを言い出すのかと思えば、相変わらず意味が分からない。


 「初めて会ったときは、夢に魅せられた少年のような顔をしていた。それが今では、現実めいた大人の顔をしているよ」


 「現実も何も一応、大人なんですけど……」

 「今の自分に満足をしている。まるで昔の我を見ているようで悲しくなる」


 なるほど。どうやら喧嘩を売られているらしい。


 「そんなうじうじしてますか?」


 イラっとしつい言葉に棘が宿る。


 「うむ。自分の出来る範囲でしか頑張らない。殻に閉じこもったカメみたいだ。前の君はもっと前だけを見ていて、危なっかしかったのだがな」


 「堅実的になった、ってことですよ」


 モリゾウうぜえ。さらに嫌味の追加オーダーである。


 「もう、勇者になる夢は諦めたのかね?」

 「別に、夢なんてほど綺麗な願いじゃないですよ」


 ただ、思い付きで適当に願っただけだ。本当に叶ったらいいなあ、とかそれぐらいの、宝くじを買うぐらいのノリだ。


 「ハハハ、夢を失くしたら人間死ぬのと変わりないさ。ただ生きているだけなんて、つまらないじゃないか。大人しく、静かに過ごして、時が流れるのを待つだなんて虚しすぎると思わんかね? まあ、我も勇者になって思ったことなのだね。ハハハハハ!」


 うぜえええええええ。モリゾウ超うぜえ!

 こっちの気持ちも知らんで、自分に酔いまくっている金髪オールバックは、これまでの旅での英雄譚を語り始める。そして、それを称賛する取り巻きのおっぱいガールたち。


 頼むから死んでくれ。おっぱいを遺産にこの世から消えてなくなれウンコ野郎。


 まあ別にいい。人生論なんて人それぞれだし、そんなもの飲み会の席で年上から腐るほど聞かされてきた。こういうのは適当に相槌をうって聞き流すのに限る。


 そう決めたのだけれど、


 「なんなんですか、あのクソキモ筋肉」


 レインさんがすっげえ怒っていらっしゃる。


 「いや、なんでレインが怒ってるんだよ」

 「悔しくないんですか!? あんなのに色々言われて」

 「そりゃ悔しいけど、正直どうでもいいよ」

 「そんなだから好き放題言われるんです!」


 えー、なんで俺怒られてんの?


 「とにかく落ち着こうよ」


 レインは納得のいかない顔ではあるが、なんとか腰を落ち着けてくれる。

 今日は散々です。これ以上何も起きないことを願うばかりである。

 けれど、嫌な事って続けて起きるもので、今回も例外ではなく、意外にもモリゾウに反論した人物はシャンだった。


 「おじさん、ちがうよ。パパはゆーしゃになるよ」


 相変わらず舌足らずの口調ではあるが、言葉の中に不思議なパワーが宿っているのだろうか、その場にいる誰もが彼女の声を聴いて言葉を失っている。


 「あのね、パパね、シャンとやくそくしたんだよ? シャンといっしょにゆーしゃになってくれるっていってたんだよ! だからね、パパはゆめなくしてなんかないよ」


 それはいつかの神殿での約束だった。

 シャンが一緒の職業が良いだなんて駄々をこねていて、困った俺が咄嗟に言った継ぎはぎのような約束。それを彼女は未だに信じて待ってくれていた。本気にして反論してくれている。


 どうして俺は、そのことを忘れて、平穏に生きてきたのだろう?

 いや、忘れたわけじゃない。ただ、本当になろうだなんて思っていなかった。


 「ほう、それは本当かね?」

 「うん! ほんとだよ!」


 大人ぶって、ありえないと決めつけて、俺は恥ずかしいやつだ。

 そのうえ、小さな子に助けられてばかりだなんて、父親の前に人間失格だと思う。

 俺はもう少し、自分に対して真面目に生きるべきなのだろう。


 「それはよかった。てっきり夢に破れて隠居生活をしているのだと思った。失礼なことを言ってすまなかったね。シンヤ君が生きていて何よりだ」


 はは、その例え的確です。苦笑いしかできませんよ。


 「実は我がこの辺境の町に足を運んだのも、この町にいる勇者をスカウトしに来たのが目的なのである」


 「スカウト……ですか?」


 「ハハハ、そうである! この度、我が代表として開校する、勇者育成学校の第一期生として、シャン君を迎えたいのだ!」


 モリさんは何故か服を脱いで、胸元を晒しながら珍妙なことを宣言しだす。


 「ちなみに学校名は森蔵学園にしようと思うのだが、どうだろう?」

 「問題が起きそうなのでやめたほうがいいと思います」


 つうか学園の名前なんかどうだっていい。何をする場所かのかを俺は聞きたいのだ。

 そう思いモリさんに尋ねてみる。


 「健全な白い勇者に育て上げる教育を、各地の勇者、または志望者を一か所に集めて管理すると言うのが目的なのだよ。ふむ、我ながら美しい発想だ」


 大雑把に説明を受けたが、良くわからない場所にシャンを連れていきたくはない。というのが素直な感想だ。

 けれど、シャンも学校と言う場で、俺達意外ともコミュニケーションを取っていくもの重要な勉強となる筈ではある。


 「それでしたら、俺も入学します。それとも年齢制限とかありますか?」

 「制限はないが、何か思うところがあるのかね?」

 「いえ、ただ、子供の約束を破る親にだけはなりたくないと思っただけです」


 「ふむ、それならば歓迎しようじゃないか! 今日はもう遅い。詳細はまた今度にしようじゃないか。ハハハハハ!」


 彼らは立ち上がりイチャイチャしながら俺達のもとを去っていく。

 嵐が過ぎ去ったあとって言うのはこういうことを言うのかもしれない。


 「勝手に話を進めちゃったけど、シャンは入学したい?」

 「うん! がっこーいってみたい」


 相変わらず満面の笑みで答えてくれる。


 「ってことなんだけど、レインは反対かな?」

 「良いと思いますよ。ただ、仲間外れされた気分で尺ですけど」


 よくわからないことで拗ねはじめる。まあ、これもいつも通りである。


 「それにしても、シンヤさんも過保護ですね」

 「違うよ。真剣に勇者を目指そうと思っただけ。」


 本当だよ?


 それに、学校という響きに懐かしさを覚えつつ、年甲斐もなくちょっとワクワクもする。なんたって異世界の学校だ。魔法の勉強なんか出来るに違いない。


 「じゃ、俺達も帰ろうか」


 と帰ろうとするのだが、


 「あの、お客様」


 綺麗な店員さんに呼び止められる。


 「はい?」

 「お勘定、まだなんですけど」

 「……」



 おのれ勇者ああああああああああああ!

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