1-19 勇者と温泉と爆発と

 目が覚めると自分の部屋のベッドのうえで寝かされていた。

 部屋に明かりはなく、窓から差し込む星の光だけが唯一の光量だ。

 そして、その光を遮るように俺に覆いかぶさるようにララファがいた。なんだかデジャヴを感じる。


 「くふふ、やっと起きたか勇者様」

 「え? いや、どこから突っ込めばいいの?」


 俺が勇者じゃないことは彼女も知っているはずだ。なのにどうして俺のことを勇者なんて呼ぶのだろう?


 「とりあえず、なんで馬乗り?」

 「お前に惚れた。それだけのことだ」

 「それ、あまり理由になってなくない!?」

 「ははは、わたしを負かした男なんて初めてだったからな。シンヤ、今日からお前はわたしの夫だ。どうだ? 嬉しかろう?」

 「専業主夫なら嬉しいかも」

 「なんならヒモでもいいぞ」


 なにそれ、心が躍る提案なんですけど。


 「いや、でも浮気になっちゃうから駄目だよ」

 「なら、許嫁だ。それなら構わんだろう?」

 「いや駄目だろ」


 ララファが頑固な性格なのは短い期間で理解している。正直、まともに話をしても埒が明かないだろうから話を逸らすことにする。


 「そうだ、ララファの昔話が聞きたいな。ほら、元々勇者パーティだったんでしょ?」

 「そんなこと聞きたいのか。スリーサイズとか聞きたくないか?」

 「…………それは後で教えて」


 ララファは俺の上から退くと、ベッドの横の椅子に腰を掛ける。

 少し間を置いてから彼女は語りだした。


 「あれは5年前のことだ。わたしが20歳の頃で……」

 「え、ララファって俺と同い年なの!?」

 「おー、奇遇だな。やはり運命の赤い糸で結ばれてるのかもしれんぞ」


 俺が驚いているのはそこじゃなくて、ララファが少女体形で、合法ロリな所なのだが、いちいち訂正するのも面倒なので適当に頷いておく。

 5年前、ララファは聖騎士として白い勇者と共に黒い勇者と戦っていたらしく、自分が如何に活躍したか、勇者の助けになったのかを自慢げに語っている。

 だけど、俺の聞きたいのは彼女の自慢話ではないので半分聞き流す。


 「一緒に戦った人たちは今何してるの?」

 「知らん。どこかでのんびり暮らしているか、勇者を捜しているのかもな」

 「そもそもなんで勇者を捜してるのさ? 前の勇者じゃ駄目なの?」

 「あいつは死んだ。黒い勇者と一緒にな」


 ララファは静かに呟いた。

 俺はただ黙ることしか出来なかった。

 けれど、ララファは語ることをやめない。

 先代の勇者は黒い勇者からこの世界を救った。だけど、それは己の命を代償に手に入れたもので、ララファは今でもそのことを悔いているらしい。


 「だから、今回は死なせない。シャンの命をわたしに預けてくれないか?」

 「他の人じゃ駄目なの? 別にシャンじゃなくてもいいじゃないか。あの子はまだ子供で、そんな酷いことさせるわけには……ああ、そうか。そもそもあの子を勇者にしたのは俺だったな」


 つい自嘲気味になってしまう。

 けれどララファはお構いなしに続ける。


 「黒と白は共存できないんだ。どんなに離れていても戦う運命にある。逃げようとしても無駄だぞ? これは経験者の言葉だからな」


 まるで余命宣告をうけたような感覚だった。

 軽い気持ちで子供の将来を決めてしまった報いだとでもいうのだろうか?


 「勇者をやめさせることは出来ないの?」

 「クラスアップは出来るが、下げることは出来ない。私の言いたいことわかるか?」

 「最上職が勇者だから無理ってことね。まるで呪いだな」

 「だから、わたし達で守るしかないんだ。お前は私を負かした男だ。なら、私に出来なかったことを出来るのはお前だと思うぞ」

 「そんなものかな」

 「そう、難しいく考えることじゃないさ。そうだ、一緒にお風呂に入らんか? いろいろとスッキリできるかもだぞ?」

 「今は頭だけスッキリしたいので、一人で入らせてください!」

 「むう、ガードの硬い奴だなあ」


 いろいろって何だろう? それは今度聞くとして、今はお風呂の場所を聞くとしよう。





 俺を出迎えてくれたのは、満点の星空と湯気と硫黄の臭気だった。

 恐ろしいことに、お風呂とは露天風呂のことで、しかも温泉なのである。


 「やべえ、ララファと結婚しようかな?」


 つうかレインもシャンもお風呂の存在を教えてくれないだなんて意地悪だなあ。ここに住んで一週間ほどたつが、いまのいままで知らなかった。

 正直、金持ちを侮っていた。まさか石造りの露天風呂を備えているだなんて想像もしていなかった。普段では手を出しづらい高級旅館の温泉といった雰囲気で風情がある。


 たまらず、湯船につかると何度か潜ってしまった。湯加減も丁度いい。

 思えばこれまでの生活でお風呂なんてものはなく、ぬるま湯で体を拭いたり、冷たい水で髪を洗ったりと難儀なものだった。

 これが成り上がりの快感だとしたら、やっぱり人間は現金な生き物だと思う。


 そんなことより今重要なのは、この温泉にはレイン、シャン、ララファのそれぞれの少女エキスが混じっているかもしれないということだ。だとすれば、この温泉は美少女の体液だ。絶対に良い効能があるぞ。少なくとも官能効果はありそうだ。


 少し飲もうかと考えていると、入り口から声がする。


 「わあい、おふろ!」

 「シャン、走っちゃダメですからねー」


 レインとシャンである。


 これは所謂ラッキースケベイベントというやつだろうか? 異世界に来てこういったイベントが皆無だったが、まさかここに来て発生するだなんて思ってもみなかった。


 どうやって迎えるべきだろうか? 大人の男性らしく、フルオープンで構えるべきか、それとも変態らしく隠れて覗いてウキウキステップランランランだろうか?

 いいや、どっちも違う。そもそも俺は変態ではない。


 俺達は家族なのだ。家族なら一緒にお風呂に入っても何ら問題ナッシングのはずだ。お互い遠慮だなんて家族にあるまじき行為だ。

 むしろ裸の付き合いが出来ると言うことは素晴らしいことなんだ。俺にはやましいことなんて何もないんだよ? そもそもレインもシャンもちんちくりんで、どっちがどっちの身体なのか見分けのつかない平野なのだ。俺は平野より山が好き。何が言いたいかっていうと、おっぱいが大好きなのだ。男なんてみんなそうだろう? 授乳したいだろう? 大人になってもみんな赤ちゃんだろう? くそう、気持ちがバブバブしてきたぞう。


 ならば父たるもの、毅然と構えるべきだろう。


 そうと決めた俺は腰につけていたタオルを取っ払う。つまるところ全裸である。そして腰に手を当て仁王立ちである。実にキマっている。


 そう、これが父親スタイルなのだ。あとは「やあ、元気? 背中ながしてくれないかい?」と自然に導入していけば、「うふふ、しょうがないですねえ。そしたら流し合いっこしましょ」と無事にファミリートレインが形成されるのだ。そしたら、後は流れに任せて愛について朝まで語り合うのだ。素晴らしい!


 作戦が決まる頃には、声が間近まで迫っていた。

 湯気の向こうにシルエットが浮かぶ。なんだか淫靡である。

 そこであることに気が付いた。


 大事件である。


 知らぬ間に俺のモノが元気百倍になっていた。

もしかしたら本当にこの温泉には官能効果があったのかもしれないぞ。

 なんとか神様の怒りを鎮めようと思ったのだけれど、もう遅かった。


 「あ、パパだ!」

 「――――――っ!」


 二人とも全裸だった。つうか全員全裸だ。


 「や、やあ元気? 俺は見てのとおり元気さ!」

 「あは」


 俺は爆風で吹き飛んだ。おしまい。



 「パパだいじょーぶ?」

 「……おう」


 シャンが背中を流してくれるのは有難いのだけれど、身体のあちこちが痛んでどうにも洗ってもらっている実感が湧かない。

 冷静を取り戻した俺達はタオルを巻きなおし入りなおした。どうやら一緒には入ってくれるようだ。


 「ねえ、シャン。ママまだ怒ってる?」


 怖くてレインの様子を伺えないのでシャンにこっそり聞いてみる。


 「んー、わかんない」

 「怒ってますから」


 湯船の方からそう返答が帰ってきた。地獄耳である。

 そんなことお構いなしにシャンはごしごしと背中を洗う。


 「ありがと、もう大丈夫」

 「あいあいー」


 桶に貯めておいたお湯で一気に洗い流す。しかし、石鹸まであるだなんて至れり尽くせりである。いくつか貰ってしまおうか考えてしまう。

 すると湯船の方から、


 「罰としてシャン髪を綺麗に洗ってあげてください。そしたら許してあげます」


 レインの声が聞こえた。


 「あらって!」


 すると、シャンが俺の前に座ってくる。


 「洗うっていってもなあ、人の髪なんて洗ったことないよ」


 それも女の子の髪だ。それこそ慎重かつ丁寧に洗わねばいけない。

 とりあえずお湯で慎重にすすいでいくのだが、シャンがゆらゆらと揺れて洗いにくい。


 「こら、暴れないの」

 「あばれてないもん」


 ぷんすか! といった感じの返答である。反抗期でもあるまいに。

 それにしても長い髪だ。座ったら床についてしまうほどある。

 一通りお湯でゆすぎ終わる頃には、自分の髪が乾いてしまっていた。

 今度は石鹸を泡立てて、頭皮に浸透させていくのだが、


 「パパ、いたあい!」


 シャンが抗議してきた。


 「えー、あんま力入れてないけどなあ」

 「ママのほうがいい」

 「ふっふっふ。そうでしょう、そうでしょう。パパはポンコツだもんねー」

 「うっさい! ええい、こうなったら綺麗さっぱりにしてやる!」

 「いーたーいー!」


 すごく面倒くさいけど、悪くない心地だ。

 シャンは不思議な子だ。この子の笑顔を見ると浄化されたように気分がスッキリする。

 こんなすばらしい、奇跡のような子を黒い勇者だとか意味の分からないもので、死なせるわけにはいかない。


 命にかえてでも守ってみせる。そう、誓う。


 「やっぱりママのほうがいい!」


 俺が心に誓ったのに、あろうことかシャンは湯船の方に逃げてしまった。


 「えー、なんだかなあ」


 まったく、父は肩身が狭い生き物だなあ。


 まあ、いっか。

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