1-4 お腹がぺこぺこりん

 飯だ。飯をください。俺はお腹がすいているのです。

 けれど大変、この家には何もありゃしないのです。ここにいるのはろくでなし男と幼女という無力の象徴だけで、他には何もございません。


 こんな劣悪な環境で生まれ育ったなんて、実にたくましいことだ。家の外は絢爛な町が広がっていて、窓から確認できる建造物はレンガ造りであるのに対し、この家は明らかに木造。お世辞にも、この家庭が裕福のようには見えない。


 しかし、どうしてこの子は俺のことをパパなんて呼ぶのだろう? もしかしたら会社のほうでそういう設定がされているのだろうか?

 なんにせよ今は飯だ。そして食事をするにはお金が必要だ。だが、もちろんお金などなく、金貨とか銅貨のようなものは見受けられない。すっかんぴんのクズである。


 「あー、詰んだ」

 「あーつんだー」


 俺の言葉を真似するシャン。


 「真似すんな」


 「まえすんな!」


 「うんこ」


 「うんこぉ!」


 まさしくクソガキである。まったく親はどんな教育をしてやがったのだ。


 「なあ、シャン。お金持ってない?」


 「ママがもってるよお! パパはね、ママのひもなんだよ!」


 とんでもないクソ野郎に転生してしまったようです。これならまだ俺の方がマシだと思う。

 されど、そんなクソ設定でも子持ちのパパであるのだから、少しは演じてあげるのが礼儀というものだろう。少しくらいはこの茶番に付き合ってあげてやろう。


 「ママは今どこにいるの?」


 「おしごと! あのね、ママはしゅっちょーにいっててね。きょうかえってくるよ!」


 「お、まじか。じゃあママが帰ってきたら奢ってもらおう」


 「わーい! パパはひもー!」


 やめろ、そのあだな。自分のことじゃないけれど、俺に向かってきた言葉だから変な形で胸に刺さって引っかかるから質が悪い。


 さて、ママとやらが帰ってくるまで暇になったぞ。せっかく異世界に来たのだから町の観光でもしようかしら? 子守も面倒だしそうしましょう。


 そう思い外出するからお留守番をお願いするのだが、


 「シャンもさんぽすううう!」


 何故かシャンもついてくることになった。


 

 ☆



 外に出ると、眩しい光と貧しい我が家がにらめっこをしている。

 ヨーロッパ風の街並みは石畳で舗装されていて、その上を歩いているだけで貧乏人でも優雅な気持ちにさせるから不思議なものだ。


 道を歩くのは、俺と同じ人間もいれば別の種族もいるようで、爬虫類くさい二足歩行型の生物、獣すぎる生命体が買い物を楽しんでいたりした。この国では別種族が共に暮らすのが日常の風景なのだろうか? 現実では人間同士ですらうまくいかないというのに、異世界というものは種族の違いも許容できるのか。不思議な世界である。


 「パパ、どこいくの?」


 「勇者様を探そう。どうやらこの世界に勇者様が現れたらしいんだ。たぶん」


 「ゆうしゃさま? シャンしってうよ! わるいやつをやっつけちゃうんだよね」


 「そうそう、それそれ。そいつを探そう」


 久保田さんがこの国にいる可能性は低いだろうけど、暇つぶし程度に情報でも集めようと考えている。やはり情報を得る場所と言えば、酒場やギルドなんかがセオリーだろう。


 俺はシャンに詳細の場所を聞いてみるけれど、案の定、一般女児がそんな場所知っている訳がなく、仕方ないので虱潰しに探すことにした。


 しばらくトコトコと当てもなく辺りを散策するのだけれど、これがなかなか見つからない。しかし、成果がゼロというわけでもなかった。


 それはこの世界の売買の手段だ。露店や商店などを眺めてわかったのだが、どうやら、この町の人々はステータス画面を介して取引を行っているのである。つまるところ、電子マネーのようなものがあり、そいつを使って交渉しているのだ。まるでゲームのようだなあ、と俺は思った。


 俺も自分のステータス画面を確認したところ、それらしい数字を発見することが出来た。画面の右下あたりに、800Gという表記があり、恐らくこれが俺の現在の所持金なのだろう。


 「喜べ、シャン。飯が食えるぞ」


 「ほんと!? わあい! シャン、おにくがたべたい!」


 「肉か。さっき、それっぽい屋台があったな。焼き鳥みたいな匂いだったなあ……ビールとかないかしら?」


 「やきとい? びーう? なあにそえ?」


 「おっさんのデザートだよ」


 「おおー、パパ、デザートおっさんだあ」


 なにその砂漠仕様のおっさん。

 つうか俺はまだおっさんと言われるような年齢じゃない。四捨五入したらおっさんだけど、まだセーフなの。まあ、たぶん三十代になっても同じ主張をすると思うけれど。


 とまれ、俺たちは飢えを満たすためにその露店に足を運んだ。


 「オヤジ、とりあえず焼き鳥とビールね!」


 「おやじ、やきといとびーうえ!」


 「はあ……?」


 どうやら異世界人にはジャパニーズジョークが伝わらないらしい。


 「冗談です。ところでこの肉はなんの肉ですか?」


 「兄ちゃんベヒーモスの肉知らねえのか?」


 「え? ベヒーモスってあのデカい化物のことですか?」


 ゲームでよく強キャラとして出てくる印象があるが、それが町の露店で売られているだなんて、異世界人は蛮族なのかしら?


 「デカい化物ぉ? 何言ってんだ兄ちゃん。ベヒーモスって言ったら、これぐらいの、両手で持てるサイズじゃねえの」


 そう言って屋台の親父は両手でサイズを表現してくれる。感覚的に小型犬ぐらいのサイズだと理解した。


 「へえ、そのベヒーモスの肉を食べてみたいです」


 「あいよ。兄ちゃん達、この国は初めてかい?」


 「はい。引っ越したばかりなんです」


 「そいつはめでてぇ。記念にサービスしてやるよ」


 「ありがとうございます」


 オヤジは俺に大きめの肉、シャンには少し小さめの肉を目の前で焼いてくれている。

 ここで困ったことがある。商品の詳細が記されている札の文字が読むことが出来ないのだ。

 子供に教えてもらうのも情けない話なので、俺は父親っぽくシャンにこう聞いた。


 「ほら、シャン。この文字は読めるかなー? シャンにはまだ難しいかなー?」


 「シャンよめなーい!」


 あー、つかえねえ。見込みが外れたぜ。

 俺が辟易していると、視界にメッセージウィンドウが突然現れ、ピロリロリン的な音と共に文字が表示される。



 【父性スキル】言語教育を習得しました。



 すると、不思議なことにさっきまで読めなかった文字が読めるようになったのだ。


 「父性スキル? なんだこれ?」


 「ねーねー、なんてよむのー?」


 俺が珍妙なスキルに困惑していると、シャンが聞いてくる。

 俺は言語教育とやらによって読めるようになった文字を朗読する。


 「国産のベヒーモスを使用しています。って読むんだ。つまり、このお肉は安全です、合法です、店主のツラは野獣ですが問題ありません。ってことをアピールしてるんだ」


 「おー、おやじはやじゅーなのかー」


 「兄ちゃん……変なこと教えないでやってくれや……」


 オヤジが涙ぐみながら肉を焼く。見た目に反して心は繊細なのかもしれない。

 こんがりとおいしそうに焼き上げてくれたオヤジに、決済のやり方を教えてもらい、無事にベヒーモスの肉を購入した。


 「変な兄ちゃんだな。買い物の仕方も知らねえなんて」


 「いやあ、国によって違うのかと思って」


 といった感じの綱渡りな会話をしながらなんとか買い物をすることが出来たのだった。

 見た目は骨付き足のチキンに似ていて、よく脂が乗っており食欲が増長される。

 俺達はオヤジと別れ、近くの公園のベンチに座って食べることにした。


 「うまいか、シャン?」


 「うまうまー!」


 シャンはベヒーモスが気に入ったのか、ただ単にお腹がすいてたのか、無我夢中にがっついている。その姿を見て少し笑ってしまう。

 公園には親子がたくさんいて、ボールで遊んだり、お弁当を広げて談笑したりと、それぞれが思い思いの過ごし方をしている。俺もシャンに対して、あんな風にに接してあげるべきなのだろうか?


 「たべないの? おなかいたいの?」


 知らぬ間に食べ終えていたシャンが、俺を心配そうに見上げている。


 「いや、食べるよ。いただきます」


 「いただきまう? なにそえ?」


 俺の言葉にシャンは首を傾げる。


 「ああ、シャンは知らないよね。これはね、ベヒーモスさんへの感謝の言葉なんだ。命を頂くから、いただきます。単純だけど、そんな意味なんだ。俺はそんな尊ぶ必要もないと思うけど、俺が子供の頃にこれを言い忘れただけで、親にひどく怒られたからね。だから自然と口から出るんだよね」


 「シャン……いただきまう、いえなかった……おこられう?」


 自分の失態に落ち込むシャン。とても純粋な子だと思う。

 あまりに露骨に落ち込むものだから、なんとかフォローをしてみる。


 「あとね、食べ終わったときの言葉もあるんだ。ごちそうさま、って言うんだ……これも感謝の言葉なのかな? 言ってみる?」


 シャンはこくりと頷く。


 そしてシャンは、


 「……ごちそーさま」


 清涼に、残った骨に対してシャンは拙く言う。


 「完璧だ。それなら怒られないよ」


 「ほんと? シャンおこらえない?」


 「うん、大丈夫だよ。正直、俺も久々に言ったからね。一人の時は忘れちゃうもんだよ」


 それを聞いて安心したのか、シャンは白い歯を見せて朗らかに笑う。その顔は俺の心に沈殿した汚泥を綺麗にするには十分だった。

 

 俺もおいしく頂いた。

 不思議と、どんな高級なお肉よりもおいしかった気がした。


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