異世界に転生したらパパになりました!

獅子岡さん

一章 ほのぼの編

1-1 わあ、車がひしゃげた

 星のない静かな夜は、地上の明かりが雲を灰色に映し出して不気味な表情をさせる。

 時刻は深夜一時を指していて、町はすっかり眠ってしまっているというのに、俺は車のハンドルを握り陰った瞳で暗い帰路を走っていた。

 

 こんな時間に帰宅をしているのも、仕事が立て込んでしまったのが原因だ。この仕事も4年勤めているから、いい加減この時間に帰るのも慣れたのだが、正直、このままでは人生が仕事で幕を閉じてしまうかもしれない。


 俺だって仕事だけの人生なんて御免だ。母親からも早く良い人を紹介しなさいとか定期的に言われるけれども、仕方がないじゃない。こんな生活サイクルではまともに恋愛なんて出来たものじゃない。そもそも出会いがない、つうか時間がない。だいたい彼女いない歴年齢の俺ではムリゲーです。お手上げです。投了なんです。


 仕事だって惰性でやっているに過ぎない。目標なんざないし、やる気だってありゃしない。本当にクソッタレだね。こんな奴に彼女なんかできっこないのです。


 思えば、学生の頃から流れに身を任せて生きてきた。夢もなく希望もない人生だった。やはり人間というのは、子供の頃の経験で人格が形成されるんだろう。大人になってからじゃ取り返しがつかない。どうにも考えを変えることが出来ないでいる。


 くそう、気分が鬱々としてきたぞ。帰ったら飯なんか食わないで酒と眠剤でバタンして鉛色の明日を迎えてやろうじゃない。


 ああ、くそ。なんでこんな精神が腐ってやがるんだ。俺にも愛する人がいれば、きっと明るい未来に向かって明日も頑張れるはずなんだ。守るべきものがあれば、目標さえあれば変われるはずなんだ。何もないよりは、何かがあったほうが良いに決まっている。


 俺の心が汚濁にまみれ始めるのを感じる。疲れも相まってうつらうつらとしてしまう。睡眠の誘惑につられて、少しだけ目を瞑ってみると子供の頃の夢を見た。


 幼いころに捨てられていた子犬を拾って家に連れ帰った時のことだ。俺がかわいそうだから飼いたいと父親に懇願するのだけれど、父は俺の行動が気に食わなかったのか、その子犬を小さな箱に入れて、何度も何度も床に叩きつけたのだ。きゅう、きゅう、と子犬の声がだんだん小さくなっていく光景を俺は今でも忘れることが出来ない。あの悲鳴が呪いのように耳にこびりついて離れない。


 こんな父親だけにはならないと心に決めたんだ。なのに、結果として、俺は未だに父親どころか結婚すら出来ていない。あはは、あまりに哀れな結末じゃないか。


 まあ、その後離婚して最後まで父親の愛情を知らないまま育った俺なんかに、子供が出来たところで無駄だろうな。育てられる自信なんかありゃしない。子供は親の背中を見て育つとも言うし、俺も酷い父親になるに違いない。だったら、このまま結婚しないほうが、世のため人のため子供のためだろうな。


 思考の海に沈んでいると、突然、瞼の裏側を焼き尽くすような白色光で包まれる。


 刹那、轟音。これはクラクションだ。

 ハッと目を開けると、目の前に大型トラックが迫っていた。

 咄嗟にブレーキを踏めど、明らかに間に合わない距離まで迫っている。


 ああ、俺は死ぬんだね。


 願うことならば異世界に俺を連れて行ってくださいな。そうしたら、今までのヘドロのような人生も肯定できるような気がするのです。

 死ぬ時まで自分に言い訳するなんて、死んでも治らないとはまさに俺のことだろうな。

 目の前がスローモーションのようにひしゃげていき、俺の意識は本物の闇の中に消えた。

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