カンニング阻止専門傭兵部隊〝D-END〟

 とうに梅雨は過ぎ去って、本格的な暑さの予感が額に汗を滲ませる。

 ぽんぽこ大学の春学期が終わろうとしていた。



     ◇◇◇



 ぽんぽこ大学、二号館。

 研究室が集中して存在するその棟のとある部屋では、ぽん大の教授や職員たちが集まって、テーブルを囲んでいた。


 学生たちの立ち入りを禁止し、深刻な顔を付き合わせて、何を始めようとしているのか。


「さ、皆さんお集まりのようですから、やりましょうか」


 ひとりの教授が立ち上がり、頭の後ろを掻いた。

 どんぶらこ学の講義を担当する男性教授・大和村やまとむらである。

 教授としては若い風貌をした彼の方へ、ジャンジャカジャン学の鬼怒川きぬがわ教授や、にっこりにこにこ学の乙宮おとみや教授など、この場の全員が視線を向けた。


 大和村教授が、こほんと咳払いをして、目を上げる。


「えー、これより、ドンドコ学部カンニング対策会議を始めます」


 ぽん大の春学期も終盤に近づいており、教授も学生もそれなりに忙しくなっていた。春学期終盤といえば、期末試験。期末試験といえば……カンニング。最近は真面目な学生も増えてきてはいるが、それでも、やはり不正行為の魔道へと堕ちる者もいる。そしてここは魑魅魍魎の跋扈するぽんぽこ大学。カンニングの質も、規模も、常軌を逸していた。

 カンニングへの対策を考えるこの会議は毎年開かれてはいる。しかし、学生たちの不正を全て暴いているとは思いがたいというのが実状であった。


「昨年は大した対策も打てなかった結果、けっこう散々な目に遭いましたよね」


 大和村の丁寧な物言いに、ジャンジャカジャン学の鬼怒川が重苦しく頷く。


「うむ。吹き矢で眠らされた試験官や、ポケットマネーで監視カメラを買って設置したのに逆にカメラをハッキングされて利用されてしまった教授もいたらしいな。私のところは日頃から学生に厳しくしているからそのようなあからさまなことはなかったが……密かにカンニングが行われていなかったとも限らん。なんとか対策を打たねば、今年も被害が拡大するだろう。どうにかしなくては……」

「だいじょ~ぶですよ~、鬼怒川先生~」


 脱力気味に発言したのは、にっこりにこにこ学の女性教授・乙宮であった。


「今年は学長からのお達しで、とあるカンニング対策の専門家が呼ばれたらし~よ~」

「スターリースカイ・スカッシュメタル・リリカルサファイア学長からの!? 今まではこういう件では動いていただけなかった、あの学長が、ですか……?」

「それだけ事態は重いということだろう。して、その専門家とは?」

「It's us....(俺たちのことだ……)」


 はっと教授たちが部屋の入口を振り返ると、いつの間にか五人の人物が音もなくそこに佇んでいた。


「お~、来てくれましたか~」

「乙宮先生、この方たちは……?」

「紹介しよ~う」


 乙宮が腕を広げて謎の人物ひとりひとりへの注目を促し、「ばば~ん」と口で言う。


「その腕前は百発百中、戦場では殺戮マシーンと恐れられた世界最凶のスナイパー〝円環の射手〟」

「Nice to meet you....(よろしく……)」

「武者に憧れ、イタァリアァ人でありながら日本刀を使いこなす十刀流の使い手〝ヴェンデッタ・ケイ〟」

「ヌフフフフ……」

「執行した刑を数えるのは百を超えた時点で諦めた。首ではなく心を刈り奪る盲目の処刑人〝ギロチン〟」

「我が刃による処刑を以て、罪人は救済される……」

「裏社会では有名な、毒を使う拷問屋。神経毒から自白剤まで何でもござれ〝白ピクミン〟」

「ペャー」

「仲間にすら素顔を明かさない、謎多き〝unknown〟」

「――――」


 全員の紹介を終え、乙宮はまとめに入る。


「彼らこそが! カンニング阻止を生業とする傭兵部隊〝D-ENDディ・エンド〟~! あたしたちの、切り札だよ~!」

「オーバーキルでは?」

「No....(そうでもない……)」


 右目に照準器のような模様の入れ墨を施した長身痩躯のスナイパー〝円環の射手〟が口を開く。


「We are professional. Not kill and mission complete....(俺たちはプロだ。手加減しつつ任務を完遂してみせるさ……)」


 続いて、背中や腰に合計十本の刀を差した大柄な外国人武者〝ヴェンデッタ・K〟と、顔の上半分に布を巻き付けて死神の大鎌を背負った小柄な女〝ギロチン〟、そして、全身白タイツに身を包んだ細身の男〝白ピクミン〟が不敵に笑う。


「カンニング、許すまじ。ヌフフフ……」

「我が血染めの刃も、不正行為者を処刑する時を今か今かと待っているわ……」

「ペャー」


 それぞれが言いたいことを言った後、傭兵たちはチラリと〝unknown〟の方を横目に見た。君も何か言っとく? という目であった。フードをかぶった黒ずくめのunknownは「あっ僕は大丈夫です」と言って拒否のジェスチャーをした。


「いや~おもしろ……じゃなくて、頼もし~な~。じゃ~、試験当日はお願いね~」

「ほ、本当に任せてもいいのかね? 学生たちは無事で済むのか?」


 鬼怒川教授の不安げな声に、円環の射手が薄い表情で応える。


「We crash is cunning-man body not....(俺たちが壊すのは不正行為者の肉体じゃあない……)」


 冷淡な声が静かに響いた。


「“Mental”....(〝心〟さ……)」




     ◇◇◇




 学期末試験、当日。

 どんぶらこ学の試験が行われる七号館の五階へと、多くの学生たちが続々と集まってきていた。

 スケルトンのスカルフェイスや、ぽん大生YouTuber・ぽこどんや、ぼっち女子・小森こもりしあわなどの顔ぶれがあり、緊張感を漂わせている。


 そんな中、人一倍そわそわとしている二年生の姿があった。

 どんぶらこ学においても出席率がギリギリで、単位取得が危うい状況の青年、斉川さいかわ弥助やすけである。


「お、斉川。今日はちゃんと来たんだな」

「斉川君、野砲~。試験、結構緊張……!」

緑川みどりかわと、ホァンか。ごめん、僕、今から直前までいろいろ頭に叩き込まないとだから、また後でね」

「おう。お互い再試は回避しような」「頑張! 武運祈!」


 弥助は友人たちと別れると、教室の後ろまで行き、最後列の席に座る。

 そして、頭の中での内容を反芻し始めた。


(たぶんプランAで十分だとは思うけど……。そうだ、そろそろ連絡が来るはず。こちらから念じてみるか……。先輩! 聞こえてますか?)


 何度か、内心でとある先輩に呼びかける。すると、しばらくして返答が来た。

 その返答とは、テレパシーであった。


(聞こえてるよー)

読坂よみさか先輩! やった! もうすぐ試験が始まります。手筈通りにお願いしますよ)

(オッケ~)


 脳内に直接響く女子学生の声。彼女は、新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の編集長、読坂かたりであった。テレパシーの能力者である彼女に、協力を要請していたのだ。

 とは、弥助は教室で試験を受けつつ、七号館の外にいるかたりが弥助の心の内を読み、現在解いている問題の答えをテレパシーで教えていくというものである。


 今回……

 弥助はカンニングをしようとしていた。


(いや~読坂先輩がいれば百人力ですよ。前払いで差し上げたアルフォート一ヶ月分はお気に召しましたでしょうか?)

(ぐっふっふ、おぬしもわるよのう。アルフォートはもちろん今食べてるよ。七号館のカフェテラスでのんびりとね……あ痛っ!?)

(先輩?)


 突然、かたりの声が途切れて、弥助は不安に襲われる。いったいどうしてしまったのか。おろおろしていたが、すぐにまたかたりの声が脳内に響き、ほっとする。

 しかしその安堵は、一瞬で狼狽に変わった。


(ごめん弥助くん!! ちょっと今日は無理かも!!)

(えっ!?)

(なんかどこからか輪ゴムがすごい勢いで飛んでくるあ痛!! そのせいで七号館から離れざるを得ない!! もうすぐ私のテレパシーの射程外に出ちゃう!! あ痛ってぇ!!)

(えぇぇ!?)

(ごめんね、悪いけどひとりで頑張って! 若人よ、自らの手で単位を掴み取)


 遂にテレパシーが届く範囲の外へ追いやられてしまったのか、かたりの名言は途中で切れてしまった。

 弥助は愕然とする。


(そ……そんな……)




 一方その頃……

 とある建物の屋上で、ひとりの狙撃手が、スナイパーライフルに輪ゴムを装填していた。

 彼は〝円環の射手〟。

 輪ゴム鉄砲で数多の兵士を撃ち抜いてきた、歴戦の、いい大人である。

 スコープ越しに見えるターゲットが逃げ出していくのを確認すると、円環の射手はトランシーバーに向けて淡々と伝えた。

「I am RING. “Y” is escaped. Keep watching. Over.(こちら円環。特記事項Yの戦線離脱を確認。周辺の監視を続行する。以上)」




 遂に試験が始まってしまった。試験会場で、弥助は用紙を表にしながら歯噛みする。パッと見たくらいでは、問題文が何を言っているのかすらもわからない。

 カリカリと周囲でシャーペンの音が聞こえてきて、弥助を焦燥感にさいなむ。


(いや……焦るな。プランBだ。前の席で問題を解いている人! 悪いけど、パクらせてもらう……!)


 弥助はこういう時のために、視力を大切にしている。眼輪筋に力を込め、前列の人の解答用紙を覗こうとするが……


(あ、これ普通に無理だわ。前の人、ホァンだったわ。謎言語で解答してるからここからじゃうまく解読できないわ。だったら! プラン、Cだ!)


 カバンから密かに、真っ黒い革のカバーに覆われた分厚い古書を取り出す。


(本当はこれに頼りたくはなかったけど……背に腹は、いや、髪に単位は変えられない!)


 古書から禍々しいオーラが溢れ出す。

 黒魔術の書――――

 それは術者の髪型を犠牲に、強力な魔術を発生させる装置であった。


(黒魔術で、教授の頭の中を読んで、答えを書き写す! なんかカンニングを妨害してくる誰かがいる気がするけど、これならどうだっ!)




 その様子にいち早く気づいたのは、建物の屋上から七号館をスコープで眺めていた円環の射手であった。


「What that!? That aura, something strange....(あれは何だ!? あのオーラ、何かがおかしい……)」


 トランシーバーに向かって呼びかける。通信は、傭兵部隊〝D-END〟全員と繋がっている。


「I'm RING. “S” is dark-magic activating. VENDETTA-K, you are feel good. “S” stop now. Over.(こちら円環。要注意人物Sが黒魔術を発動している。ここはヴェンデッタ・K、きみの能力が適任だろう。Sを止めてくれ。どうぞ)」

「ヌフ……こちらヴェンデッタ・K。すまぬ。任務から脱落する」

「Why(ホワイ)」

「銃刀法違反で逮捕された」


 これ見よがしに十本もの刀を持ち歩くからであった。


「GUILLOTINE, request you.(ではギロチン、きみに任せてもいいか)」

「うぇぇん……ここどこぉ……迷子になっちゃったよぉ……」


 方向音痴でぽん大まで辿り着いていないのであった。


「WHITE-PIKMIN(ならば白ピクミン)」

「君ねえ、ペャーじゃわからないよ。署までご同行願おうか」


 職質されている様子が聞こえてきていたのであった。


「Pannacotta....(なんてこった……)」

「こちらunknown。ごめん家で寝てた」

「Everyone is dead!!(俺以外全滅!!)」


 こうなれば、もはや最終手段に出るしかない。円環の射手はスナイパーライフルの銃口を試験会場の方へと向けた。

 開いた窓のわずかな隙間から撃ち抜こうというのだ。

 狙うは弥助の後頭部。

 強力な輪ゴムで、気絶させる……!


「待ちなさい」


 鋭く響く、刺すような女の声がした。


 円環の射手は、振り返る。


 姫カットにした黒髪を屋上の風になびかせて、元オタサーの爆弾姫であり現ヒーローズの爆弾魔、黒宮くろみや姫子ひめこが立っていた。


「Who are you...?(何者だ……?)」

「名乗るほどの者ではないわ。まあ、名乗ってもいいのだけれど、他のメンバーに迷惑がかかるかもしれないからやめておく。これはわたしの独断専行だから」

「I'm busy. Get out.(俺は忙しいんだ。立ち去れ)」

「七号館の501教室にライフルを向けて、何をしようとしていたの?」


 円環の射手が表情を消す。

 穏やかな声色で、「Everything nothing....(何でもないさ……)」と答える。

 答えながら、密かに腰のホルスターに手を伸ばし――――


「腰に下げた輪ゴム銃に、わたしが気づいていないとでも思った? あなたが銃を抜く前に、わたしの爆弾があなたを黒焦げアフロにするわよ」

「...!」

「あなた、カンニング阻止を専門とする傭兵の〝円環の射手〟でしょう。いま、試験中のあの部屋で誰かがカンニングをしようとしていて、それを阻止しようとしたんじゃない? 違う?」

「....」

「確かにカンニングは悪いことだわ。わたしだって軽蔑する。でもね。だからといって、ぽん大生に危害を加えるなんてことは、わたしが許さない」

「......!!」

はぽん大の平和を守る者」


 姫子は両手の指の間に筒状の爆弾をいくつも挟み込み、腕をクロスして構えた。


「かつてわたしはオタサーの爆弾姫だった。自分の正義は絶対だと盲信していた。でも、緑川やホァンや……ぽん大のみんなと出会えて、変われたの。だから」


 導火線に、火が点いた。


「わたしはこの爆弾を、みんなを守るために使う……!」

「Stop. I'm speedy.(やめとけ。俺の方が速い)」

「やってみなけりゃっ!!」


 姫子が筒状の爆弾を一気に投げつける。その数、八本。円環の射手は素早く銃を抜くと、輪ゴムを次々連射した。その全てが導火線に命中し、ちぎり飛ばす。

 結果、爆弾は起爆せず、八本とも屋上にむなしく落下した。


 円環の射手は、フッと笑う。


「I win.(俺の勝ちだ)」

「どうかしら」


 至近距離で聞こえた声に、射手は瞠目する。

 爆弾を囮に、体勢を低くした姫子が突撃してきていた。

 輪ゴムハンドガンが姫子に掴まれ、封じられる。

 次の瞬間、射手の視界はぐわんと傾き、屋上の床に顔をこすりつけていた。


 裏サークル〝ヒーローズ〟の中で身につけた体術のひとつ、投げ技。

 黒宮姫子の、勝利であった。




 こうして、ゆきすぎた傭兵の行動は阻止され、ぽん大のちょっとした危機は過ぎ去った。円環の射手は頭に血が上っていたことを姫子に陳謝し、とりあえず仲間の傭兵たちを助けに行ったのであった。弥助はMP切れで黒魔術が使えず再試が決定したのであった。




     ◇◇◇




 裏サークル〝ヒーローズ〟のメンバーたちが奔走し、

 ぽん大生YouTuberとその助手が撮影し、

 ゲーム愛好会のふたりが遊興し、

 ぽんぽこタイムズの記者たちが執筆し、

 サッカー部の人外たちが蹴球し、

 ぼっちの学生は人知れず冒険し、

 吹奏楽部の部員たちは悪魔と契約し、

 男子学生は下世話な話を展開し、

 地下で行われるバトルトーナメントが白熱し、

 講義で居眠りする優等生を起こすために学生たちが騒動し、

 大学生特有のクソラジオが放送し、

 トランプタワーが建立し、

 塔に集まった七賢者が会議し、

 保健室では少女と保健師が談笑し、

 撮った写真に愉快な幽霊が出現し、

 女子学生はガールズトークに花咲し、

 学食ストリートでは数多のレストランが料理し、

 突如として地面から石油が噴出し、

 サッカー部は侍たちに挑戦し、

 秘境の地では意思持つ単位が永眠し、

 四天王会議では二十天王が暴走し、

 イースター島から超古代文明の末裔が来訪し、

 隠しダンジョンでは魔王が爆誕し、

 期末試験ではカンニング阻止傭兵部隊が自滅し、


 春学期が終わる。


 そして、

 待ちに待ったぽん大生たちの夏休みが、

 始まるのであった。






――――

――――――――――

――――――――――――――――――――――




PONPOKO University

DONDOKO Faculty

DU-DAN-TUK-DU-DUN Department


108th year of the Heisei period,

〝SPRING SEMESTER EDITION〟closed.


to

be

continued....




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