ぽんぽこ大学ドンドコ学部ドゥッダンツカドゥッドゥン学科

かぎろ

平成108年度 春学期

オタサーの姫 VS すごいすばやい人

 本日ここにぽんぽこ大学に入学された新入生の皆さんに、ぽんぽこ大学の教職員を代表して、心からお祝いと歓迎の意を表します。ぽん大に入学したいという念願が叶ったという喜びと、大学での新しい生活への期待を胸に、これからも大きく成長してください。……(中略)……さて、皆さんは偏差値2億6千万のぽんぽこ大学に様々な方法で入学されたことと思います。素直に学力を高めて入試で好成績を収められた方。推薦入試を突破された方。本学の用心棒を倒して己の強さを証明された方。隠しダンジョンの宝箱から合格通知書を手に入れた方。渋谷でスカウトされた方。商店街のガラポンで二等が当たった方。pixiv FANBOXでぽん大入学プランに課金してくれた方。はじめに申し上げた通り、ぽんぽこ大学の教職員は全ての入学生を歓迎します。なぜなら、あなたがたには天賦の才があるからです。ぽんぽこ大学は、人や、人でないものや、その他よくわからないモノたちの才覚を見抜くことにかけては世界一であると自負しています。ここへ入学していただいたからには、見出された才能を伸ばし、人生の指針を見つけられるよう、私たちは全力でサポートしていきます。……(中略)……最後になりますが、生命体である以上、何事も健康第一です。ぽんぽこ大学では私闘が他大学よりも多く、年々負傷者が出ています。おまえたち、どうか、死ぬなよ。以上で式辞を終わります。


平成108年 4月1日

ぽんぽこ大学学長 スターリースカイ・スカッシュメタル・リリカルサファイア


【平成108年度ぽんぽこ大学学部入学式学長式辞より抜粋】




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PONPOKO University,

DONDOKO Faculty,

DU-DAN-TUK-DU-DUN Department.




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 森田もりた和也かずやはモヤモヤとした思いを胸に抱えながら、大学のサークル棟へ向かっていた。


 ぽんぽこ大学ライトノベル研究同好会は、男子部員五人と女子部員一人で構成される文化系サークルだ。古いものも新しいものも、面白いものもつまらないものも、いろいろなラノベを読んで楽しむというのが活動内容。今日は読書会で発表があるのだが……ここへ来る前に、やや陽キャな友人にこう言われた。


『おまえのサークルの姫川ひめかわさんって女子、サークルの紅一点だから男子にちやほやされてんだろ?』

『それってオタサーの姫ってやつじゃね?』

『ぶりっ子するためにラノ研に入ったんじゃね?』


 ばかな、と森田は思った。

 そんなことがあるはずがない。

 あの子はそういうのとは違う。

 純粋にラノベが好きで、純粋にオタクトークが好きなんだ。確かにちょっとフリフリのミニスカートなんか穿いて、可愛いアニメ声だけれど。あざといけれど。それでも内面は、とても優しい子なんだよ。オタサーの姫だとか言わないであげてほしいし、サークルの人間関係にひびを入れるサークルクラッシャー呼ばわりなんてもってのほかだ。


(まあ僕以外にはわからないだろうが)

 森田は内心つぶやく。

(そうだ、あの子はサークルクラッシャーなんかじゃないんだ。あしざまに言うのは可哀想じゃないか)


 そんなことを思いながら、ラノ研の狭い部室を開けた。

 中では、姫川が椅子に座って境ホラを読んでいた。


「あっ、森田くぅん! おはよー!」

「姫川さん。おは――――――」


 挨拶をかわそうとした瞬間。

 窓ガラスが割れた。


「ぬおっ!? なにこれ!?」「姫川さんっ!?」


 窓の外から飛び込んできたのは、なんというかこう、バスケットボールくらいの黒い球体に導火線のついた、まあ爆弾だった。




     ◇◇◇




 轟音と共に、サークル棟が爆破され、瓦礫が飛散し崩壊する。

 燃え上がるサークル棟。

 その鮮やかな光を背中に受け、黒いシルエットとなって去っていく人影があった。


 奴の名は、オタサーの姫。

 数多のサークルを爆破してきた、サークルクラッシャーである。




     ◇◇◇




「おいおい、また爆発してるよ」

「これで今月何回目だ」


 サークル棟から黒煙が上がっていた。野次馬が遠巻きに眺め、口々に何かを言い合っている。「サークラってやつか」「物理的にクラッシュしてどうする」「テロだろあんなん」「でも食らった相手はすすだらけのアフロヘアになるだけらしいぜ」「死人出てないしな」


 そして皆一様に、こう思っていた。

 次は自分のサークルの番かもしれない。


 不安があった。もしも楽しくサークル活動している時に爆弾を放り込まれたら。あんな見た目なのに爆弾に殺傷力はないためコメディめいてはいるが、今のところ無差別にサークルが爆撃されているため、動機がわからず、不気味だ。何者なのかもわからないし、何がしたいのかもわからない。


 だからこそ。

 緑川みどりかわ隼人はやとは、サークルクラッシャーを倒さねばという使命感に駆られていた。


 彼はぽんぽこ大学ドンドコ学部ドゥッダンツカドゥッドゥン学科に所属する二年生だ。と同時に、ぽんぽこ大学の〝裏サークル〟のひとつ、〝ヒーローズ〟の一員である(ちなみに裏サークルとは未公認同好会を格好つけて呼んでいるだけである)。ぽんぽこ大学の平和を守るため日々活動したりしなかったりな彼らだが、未だに大きな成果を上げたことはない。


「オタサーの爆弾姫ボマー・プリンセス……サークルクラッシャー。そろそろ引導を渡したいところだが……」


 敵の強さは未知数。対する隼人は、自分の〝異能力〟を制御しきれていない。本気を出すと誤って敵に大怪我をさせてしまうかもしれなかった。

 そこで懐からヒーローズ・フォンを取り出す(ちなみにヒーローズフォンとはスマホを格好つけて呼んでいるだけである)。


「集結せよ! ヒーローたち!」


 隼人は言いながらグループLINEに「サークル棟にオタサーの爆弾姫が現れた。俺は戦おうと思う。加勢してくれる奴はいるか」とメッセージを送信する。


 すぐに既読がついた。

 しかし期待していた返事はなかなか来ない。


 赤崎あかざきからは「すまない。駆けつけたいのは山々だが、今は被災地のボランティア活動に行っているんだ。」と返ってきて、

 青井あおいからは「るっさいわね!! いま講義中!!」と返ってきて、

 桃谷ももやからは「ごめーん>< いま彼ピとデートちゅう♡」と返ってきて、

 銀島ぎんじまからは既読無視された。


 そんななか、唯一、良い返事をくれたのが、中国人留学生のホァンだった。


「おっ、ホァンは今この近くにいるのか。どこだ……あ、いたいた。おーい!」


 隼人は仲間を見つけ、手を振る。キョロキョロしていた仲間もすぐに気付いて、こちらへ近寄ってきた。


 学生の癖に敏腕サラリーマンめいた七三分けの彼は、ホァン健介ケンスケ。中国人男性と日本人女性の間に生まれた彼は頭脳明晰で、偏差値2億6千万のぽん大に学力試験で合格したつわものだ。いつも涼しい顔で何事にも動じない点で、ヒーローズの要である。


 そんなホァンが言った。


「隼人! 今講義無? 無故現在休憩?」

「そうだよ、今は講義が無いから休憩時間にしてたんだ。そしたらサークラが現れた」

「輪破壊者、許無。我々協力戦闘、其後打倒」

「協力してくれるか。ありがとう。それにしても、ホァンは中国語でも日本語でもない訳わからん言葉使うよなあ」


「呵呵呵!」

 笑い声を立てるホァン。

「我十二箇国語話可能。中文、日本語、英語、仏語……全部話可能。一方、其面白無。故、此謎言語話。謎言語、滅茶面白」


「はいはい。まあ、俺はおまえの謎言語、好きだよ。……んじゃ、行くか。早くしないと逃げられる」

「輪破壊者、何処?」

「あいつはいつも悠々と正門から去っていく。学生たちに恐れられながらな。だから俺たちは先回りして正門で迎え討つ。いいか?」

「了承。頑張」


 ふたりのヒーローが走り出し、正門へ向かう。しかしすぐにふたりとも、気づいた。


「あいつ、もう正門をくぐろうとしてる! 無駄話しすぎたか。よし、〝異能〟を使う。ホァン、さっそく足場を作ってくれ!」

「了承。空気凝固。足場創造!」


 ホァンが手をかざすと、空間が歪んだように見え、なにやら正方形をした空気の塊が宙に浮かんだ。


 隼人はジャンプすると、空中にできた〝空気の足場〟を蹴り、横方向に体を飛ばす。


 直後。


 高速で移動し、正門までの数十メートルの距離をコンマ一秒で詰めた隼人は、オタサーの爆弾姫の前に立ちはだかっていた。


 ――――ぽんぽこ大学の学生は、異能力者の集まりというわけでは必ずしもない。しかし世界中から才ある者を集めるぽん大において、超常現象を起こすことのできる者や、驚異的な身体能力を持つ者が入学してくることはざらである。そして緑川隼人は、裏サークル〝ヒーローズ〟の中で最も素早い男なのだ――――


「オタサーの爆弾姫!」


 隼人が叫ぶ。「俺は裏サー〝ヒーローズ〟の緑川隼人だ。これ以上サークルをクラッシュすることは俺たちが許さない。反省して改めるならいいが、しないというならこの俺が相手だ!」


 黒いパーカーを着て、黒いフードを目深にかぶったオタサーの爆弾姫。

 彼女は、なにも答えない。


「……不気味な。忠告はしたぞ! ホァン、頼む!」

「足場複数創造!」


 近くに来ていたホァンが空中にいくつもの空気の塊を作る。隼人は高速移動能力を生かし、高速で空気の塊に飛び移り、それを繰り返す。ものすごい速さで空中を移動する隼人。もはや残像しか視認することができない。


 周囲で見ていた野次馬が「すごい」「すごく素早い」「一人は素早い」と湧き立つ。


 あまりの速さに分身の術を使っているかのように隼人の残像が増える。風が吹き荒れ、木の葉が舞い上がる。


 オタサーの爆弾姫は、その中心で動かない。


 やがて隼人は徐々にスピードを落としていき、息切れをしながら、元の場所に戻った。


「…………………………………………クソッ!」


 速く動くだけで、特に倒す方法とかは考えていなかったのであった。


「あなた、フェミニストなのね」


 爆弾姫が初めて口を開く。「高速移動で攻撃すれば、わたしは大怪我してしまう。だから攻撃せず、わたしが怖気づいて降伏するのを待っていたのでしょう?」


「……そういや聞いてなかったな。あんたの目的はなんだ。なぜ、サークルを壊す」

「フフ。知っている癖に。改めてわたしの口から言わせようだなんて、趣味が悪いわね」

「いや、知らないぞ」

「え?」

「知らない。ホァンもだよな?」

「不知。何故輪破壊?」


「えっ……」

 なにやら慌てる爆弾姫。

「ほんとに知らないの? わたし、毎回大学の掲示板とかに犯行予告状作って貼ってるんだけど……見てない?」


「見てないな。そもそも大学の掲示板ってどこにあるんだっけ? あんま見ないよな」

「肯定。全然見無」

「ちょ……嘘。毎回頑張って新聞とか雑誌の文字を切り貼りして予告状作ってたのに……見てないわけ……?」

「あー落ち込むな落ち込むな。大丈夫だよ、俺らは見てないけどきっと他の人は見てるよ。教授とか見てそうじゃん? 知らんけどさ」

「うん……そう、よね。そうよね! きっと誰かが見てくれてる! わたしの行為は無駄じゃない!」


 自分に言い聞かせる爆弾姫。隼人はなんとなく憐憫の目をした。


「それで、わたしがサークルを破壊する理由よね。改めて話しましょう。……わたしも、昔は真っ当なオタサーの姫だったの」

「真っ当なオタサーの姫」

「文化系サークルの紅一点として、周りの男子にちやほやされる日々。でもね。ある日その全員にそっぽを向かれて……気づいたの。わたしはただ調子に乗っていただけ。ただのブサイク女だった、って」


 隼人は場がシリアスムードになってきたのを感じた。ホァンと、その他の野次馬も息をのむ。


「だからわたしは、オタサーの姫が許せない。オタサーの姫になってしまっている女子がいたら、目を覚まさせてあげる意味で爆破するの。あなたがやっていることは罪であり、きっと誰も幸せにしないんだ、って。そのためにわたしはサークルを壊す。反省なんかしないわ。だってこれは、わたしの正義のためにやっていることなんだから!」


 オタサーの姫スレイヤーだ……などと隼人が思うよりも早く、爆弾姫は爆弾を取り出していた。


「ッ! まずい――――」


 すぐさま回避の体勢をとる隼人。しかし、その爆弾は投げられることはなかった。爆弾姫の動きが、止まる。


「!? 動けない……!?」

「行動、既封」


 ホァンが悠々と歩いてくる。

 見れば、爆弾姫の腕が凝固した空気で固められ、動きを封じられていた。ステレオタイプな黒く丸い爆弾も、導火線が空気に剪断され、爆発する様子はない。


「既貴女自由無、敗北。諦、推奨」

「くっ……!」

「いいぞ、ホァン! さあ、諦めて反省しろ。反省するまでそのままな」

「わ、わたしは反省なんかしない! わたしはわたしが信じた正義のために戦う! この正義を曲げるもんか!」

「ああ、別にその正義は曲げなくていい」

「え?」


 隼人はゆっくりと爆弾姫のもとへ歩み寄っていく。「自分と同じ道をゆこうとする誰かに、後悔してほしくない。傷ついてほしくない……そういう思いがあるから、あんたはサークルクラッシャーなんかやってたんだろ。それ、優しいじゃん」


「やさしい……わたしが……?」

「あ、勘違いするなよ。動機はだぞ。行動は爆破だし、器物破損だし、クズの所業だ。でも根っこのところにあるのは優しさだと、俺は思うぜ。まあ、ヒーローズの青井麗華れいかなんかはもっと厳しいこと言ってあんたを否定するかもしれないが……」


 そう言って、隼人は爆弾姫の華奢な肩に手を置いた。


「とにかく、その行動に関しては反省して、根っこの優しさを正しく伝えられるようにしようぜ。そうするっていうんなら、俺たちヒーローズは協力を惜しまない。まあ、惜しむ奴も、いるとは思うけど」


 爆弾姫は、うつむいている。

 そのまま五秒が過ぎ、十秒が過ぎ……

 やがて、意を決したように顔を上げた。


「……わたしは――――」


 その時爆弾姫の腰に備えられていた爆弾が誤作動を起こして大爆発した。もうもうと立ち昇る黒いキノコ雲。風で煙が吹き飛ばされていった後、残されたのは、黒いすすだらけになった爆弾姫と、髪がチリチリに焦げてアフロヘアになった隼人。そして、ちゃっかり空気の壁で防御し無傷のホァンだけであった。

 ホァンはスマホを取り出す。

 カメラでパシャシャシャシャシャとアフロ隼人の写真を撮った。


「ちょ! 撮んな!」

「呟~♪」

「ツイッターにアップすんな!」

「隼人隼人! 我垢、早速五十RT突破!」

「バズらせんな!」

「呵呵呵! 糞返信! 『友友外失礼、此呟面白過! 自分、RT可能?』呵呵呵呵!」

「一昔前のネタで笑うな!」

「隼人、新芸。我、隼人新芸欲。新芸~」

「新ネタなんかねえから! ったく……あれ、爆弾姫はどうした?」


 そこにいたはずの爆弾姫はいつの間にか消えていた。ホァンが「嗚呼」と言う。


「輪破壊者、逃亡」

「ホァンおまえのせいだぞ!!!!!!」

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