リア充少女はトクベツな日常を愛している

蒔田舞莉

思春期症候群

 思春期症候群、なんてのが一般的になったのはいつのことだっけ。

 一般的といったって大人は認めてない人のが多いかもしれないけど。

 まるで漫画みたいなその病気に、私は不謹慎ながら強い憧れを抱いていたりする。

 だって、透明になったり、二重人格になったり、ループしたり、それってなんていうか、すごくトクベツ……じゃない? 別に日常に不満なんてないんだけど。それでも、そういうのは主人公みたいな、そんな存在になれるっぽい気がして、憧れる。

 間違っても、目の前で泣きそうな顔してる祐也には言わないけど。


「美佳ぁ、どうしようー!」

「どうしよーってもさー」


 同い年の彼氏は、その幼い顔を泣き出しそうに歪めて情けない声を出している。正直なんでコイツと付き合ってるのかわかんない。私所謂ギャルなんだけどな。何が良かったんだろう、私も、コイツも。

 まあそんなことはいい。

 日曜日の朝早くから電話がかかってきて何事かと思えば、「助けて!」なんてやけに必死な言葉が耳に飛び込んできた。さすがの私も焦ってファミレスで落ち合ったのだが――


「ドッペルゲンガーって……」

「起きたらコイツがいたんだ!」

「違う! お前がいたんだ!」


 ステレオで聞こえる彼氏の声に、頭を抱えたくなってくる。どういうことだよ。

 彼氏が、二人いる。やったね、ハーレムだ! なんて思えるか。

 きゃんきゃんと子犬のように吠え合う祐也は可愛いと感じなくもないけれど、どうしたものか。全く見分けつかないし。

 注文した料理を持ってきたウエイトレスさんが奇妙なものを見るような目をしたが咎められないよなあ、これは。ドリンクバーのオレンジジュースをストローで少しだけ飲んだ。

 ……そういえば、思春期症候群の症例にドッペルゲンガーってあった気が。

 スマホで検索をかけてみる。……うん、やっぱりいくらかある。SNSのは半分位嘘だろうけど、ちゃんと医療機関のもある。

 でも、だとしたら。

 思春期症候群は病気だ。それはイコール、原因があるということ。それも、ウイルスや細菌じゃなくて心因性のもの。ドッペルゲンガーの場合は、何が原因なんだろう。

 今だに騒いでいる二人(?)にスマホを差し出して画面を見せる。

 途端にきょとんとした表情で画面を見つめるのはなんとも祐也らしくて笑いそうになってしまう。そんな私を見て、祐也も不思議そうにしながらもふにゃりと笑った。女の私よりもよっぽど可愛いのだからなんだかなぁ。

 そして、同じ顔をくっつけるようにして熱心に読み始めたのは症例だろうか。ゆっくりと画面をフリックし、噛み締めているようだった。

 スマホを返してきた時、祐也は何か考えているようだった。思うところがあったんだろうか。

 それからは、なんだかキョドり始めた。本人は隠しているつもりなんだろうけど、残念ながら彼は嘘をつくのが壊滅的に下手だ。


「ねえ、祐也」

「な、なに?」

「思い当たること、あったんでしょ。言って。気になるし」

「それは……」


 二人の祐也はあからさまに言い淀んでいる。

 多分、私絡みの事なんだろうな。自分だけのことなら、素直に言ってくれると思うのだ。そういう奴だ。

 じっと目を見る。

 しばらくあーとかうーとか言ってたけど、観念したように、同時に口を開いた。


「嫌いにならない?」

「ならない……多分」


 ていうかそれ普通逆じゃない? 女子が言うセリフじゃない? いいけどさ。

 私の付け足した多分に躊躇ったようだが、やがてぽつぽつと語り始めた。


「……自信が、なくて」

「うん」

「美佳はほら、なんていうかリア充じゃん。見た目とかも」

「そーね」


 クラスで一番大きいグループに属するタイプだし。髪染めるわメイクしてるわだしね。


「だから、釣り合ってないんじゃないかって」

「俺じゃ、駄目なんじゃないかって」


 少しずつ交代しながら喋っている。なんとなく、変なタイミングだけどああ、二人ともちゃんと私の彼氏の祐也だなぁと思った。


「クラスの奴らにも影で言われてて、それで」


 本当もう、なんていうか。


「馬鹿だなぁ」

「へ……」

「私は祐也のこと好きだよ。それだけで、不満? いいじゃん、そんなこといったってお前らは万が一にも付き合えない女と俺は付き合ってるんだ、羨ましいだろって思っとけば。なんの問題があるっていうの」


 まくし立てるように言葉を紡ぐ。そうしていないと、泣いてしまいそうだった。理由もないのに、胸が詰まって苦しくなる。


「そもそも、そんなことで嫌いにならないよ。祐也は私のこと好きでしょ」

「……うん」

「じゃあそれでいいよ。それで十分」


 残りのオレンジジュースをズゴゴっと飲み干した。それが照れ隠しなのに、気付くだろうか。

 外を見れば、店に入った時より歩行者が増えている。今日は休みだし、これから仕切りなおしてデートに行こう。できたら、祐也から誘ってくれたら嬉しいんだけど。どこだっていいから、二人でいたい。私だって、不安なのだ。祐也は、他の女子にも当たり前のように優しいから。友達からだって羨ましがられる、私には勿体無いくらい出来た彼氏だ。だから、もしかしたら二人になっていたのは私だったのかもしれない。その時彼は、ちゃんと好きだよって、言ってくれたかな。

 祐也に視線を戻すと、いつの間にか一人になっている。

 もう一人の祐也はきっと、消えたんじゃなくて、二人の祐也が一人になったんだ。


 私に告白してきた時と同じくらいに緊張した顔でその言葉を言った祐也に、私は笑顔で頷いてみせた。

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リア充少女はトクベツな日常を愛している 蒔田舞莉 @mairi03

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