ダンジョン
リーマン一号
失せ物のダンジョン
財宝を、力を、さらには未知を求め。
果敢にも太古の遺跡やモンスターの巣窟に挑む者達がいる。
名を冒険者・・・
鍛え抜かれた肉体を有し、度重なる危険を物怖じすることなく突き抜けるその様は、他の者からは羨望のまなざしを向けられる。
・・・が、一見華やかな出で立ちの彼らも決して毎回が毎回、成果を上げているわけではない。
屈強なモンスターや卑劣な罠に行く手を阻まれ、ため込んだ金銭、馴染みの武具、さらには大切な仲間すら失うことがある。
そんな彼らにとってこのダンジョンはせめてもの救いだ。
どういうわけかダンジョンの最下層にはその人間が無くした大切な物が沸き、そんな噂を聞きつけた冒険者が今日も今日でダンジョンを彷徨う。
・・・
「ふぅ。こいつでようやく終わりか」
巨大な大剣を携えた剣士がため息交じりに呟くと、姉御肌の魔法使いがそれに続いた。
「思ったより大変だったわね。でも、それなりに楽しかったわ」
無くした物が見つかると言われるこのダンジョンでは、これまで戦ったことのあるモンスターやギミックのみが出現し、なんだか昔に戻ったような感覚がある。
二人の後ろを懐かしみながらも、私はそう思っていた。
「しかし、なんだってこんな所に来たかったんだ?ここで手に入るのはお前の好きな金品財宝じゃなくて、道中で無くしちまったもんだけだぞ?」
剣士は後ろをついて回る私にこの度のダンジョン挑戦の核心に触れるが、それは正しい。
なぜなら、ここへ来たいとパーティーのメンバーにお願いしたのは私自身で、彼らはわざわざ付き合ってくれているに過ぎない。
「前のダンジョンで証を無くしたから、どうしても回収したいんだ」
「証?証ってなんの?」
「は?お前・・・それも覚えていないのか?」
私は耳を疑ったが、不思議そうに「何のことだ?」と聞き返す剣士の顔を見て理解した。
覚えていないんじゃない。知らないんだ。
「いや。忘れてくれ。まぁ、特別高価な物だから取り戻したいだけだ」
「ほー・・・。やっぱ盗賊ってのはがめついねぇ」
「うるさい。そんなことよりこれが件の無くしたアイテムが宿る宝箱だ」
剣士の軽口を適当に受け流して私が一つの宝箱を指すと、魔法使いは殊更興味なさげに宝箱を手に持った杖でツンツン叩いた。
「あら、案外普通なのね。もっとこじゃれたものかと思ったわ」
「突くのはやめてくれ。中に入ってるものはとっても貴重なものなんだ」
私が魔法使いをジロリと睨みつけると、彼女は「やーん。こわーい」と何の反省も感じさせない口調で剣士の後ろに隠れた。
「ったく。ふざけてないでとっとと開けて帰ろうぜ。俺は疲れたよ」
「わかっている。ちょっと待っていろ」
私にとってこのアイテムはある種の感動の再会なのだが、剣士にせっつかれては仕方がない。
得意のキーピックで宝箱の鍵を開けると、そこには宝石とは似ても似つかないほど薄汚れたブレスレットが入っていた。
「なんだそれ?ほんとにそれであってんのか?」
「ああ。間違いないよ。これが私の欲しかったものだ」
ブレスレットには金、銀、プラチナなど貴重な金属が使われているわけではないが、これにはそんなものでは計れないほどの付加価値がある。
私がもう二度と無くさないように大切にカバンにしまうと、それを見ていた剣士は少し仏頂面だった。
「そんなガラクタみたいなもんの為に俺たちはこんなところまで来たのかよ・・・」
「ガラクタではない。これはある人からもらった非常に大切なものだ」
私が真剣にそう告げると、魔法使いが食いついた。
「あらー。もしかして思い人からのプレゼントとか?」
口を開けば恋だの愛だの、魔法使いはそっち方面にばかり物事を考える。
「違う!これはそう!冒険者の為の願いが刻みこまれているんだ」
「・・・願い?」
「ああ。私たちは故郷を持たず、風に吹かれる鳥のように各地を飛び回る。人はそれを羨ましいなどと宣うが、羽を休める場所がないというのは悲しいものだ。だから、私達にとってこれが帰るべき場所となるように仲間同士で同じものを身に付けたんだ」
旅路の途中で鍛冶のスキルを身に着けたパーティーのリーダーが、何を思ったのか急に鋳造を始めて皆に配り始めたことは未だに鮮明に覚えている。
初めての挑戦のせいか作りは無骨で輪が歪んでいたりするが、それでも大切な物だ。
「あらー。ロマンチックねー」
「面白いこと考える奴もいるもんだな」
「ああ。本当にな・・・」
誰よりも勇敢で、誰よりも仲間思い。
そんなパーティーのリーダーとしての鏡みたいな奴だった。
「まっ、その辺の詳しい話は村にでも戻った後にでもしようや。そいつの話では冒険者ってのは風に吹かれなきゃなんないんだろ?おそらく、外に出るにはここを抜ければいいっぽいしな」
剣士が指さした道の先からは、少しだけ外の日の光がもれているようだった。
「あ、ああ・・・。そうだな」
私は二人の後に続いてその道を進み始めたが、どうしてもなかなか踏ん切りがつかない。
「そ、そういえば!まだここにやり残した・・・」
意を決した私が二人を呼び止めようとしたとき、魔法使いの指がそれを止めた。
「その先はなしよ」
「ち、違うんだ。私は本当に・・・」
虚をつかれて狼狽える私の肩に剣士の手が置かれた。
「はぁ。魔法使いと相談して知らぬ存ぜぬで通したほうがお前の為になるって話だったんだがな・・・」
「なっ!お、お前ら、もしかして・・・」
「まぁな」
バツが悪そうに頭を掻きながら剣士は言った。
「な、なんで黙ってたんだ!」
「あなたの為よ」
激高する私に向かって返事をしたのは隣にいた魔法使いだった。
「なぁ。覚えているだろう?お前が大事にしているブレスレットの言葉には続きがある。危険と隣り合わせのこの稼業、たとえ故郷を無くしても羽が十分に休まったなら前を向いて飛び立たなきゃならん。たとえ仲間の羽を背負ってでも」
「なんだよ、覚えているじゃないか・・・」
「当たり前だろ。俺の言葉だ」
イヒヒと笑う剣士の態度には悪びれるそぶりは無いが、笑みを浮かべる二人の姿は少しづつ消えかかり、存在が希薄になっている。
ここは失せ物のダンジョン。
無くした物が見つかるが、見つかるのは何も物だけではない。
「お前はもう前を向いてどこへだって飛べるはずだ」
私は彼らの顔を目に焼き付けようとするが、あふれ出る涙で顔がその邪魔をする。
「まってくれ、行かないでくれ。私はまだお前たちと・・・」
「私たちは消えるわけじゃなくて、あなたの羽に宿るのよ。私たちは常に一緒」
「そういうことだ。俺たちにもお前の背中から世界中を見せてくれ」
時間が許さないのだろう・・・。
二人の姿はどんどん消えかかっていくが、私が泣きべそをかき続けているせいでその顔はどこか心配そうだった。
いつまでも泣いていては彼らが安心して行くことはできまい。
私はせめてもの皮肉で彼らに向かって叫んだ。
「ああ。わかったよ。たとえ途中でおろしてくれって頼んだって聞かないから!世界中を飛び回って、嫌というほど連れまわしてやるから!」
二人が微笑みを浮かべてから、光の柱となって消え落ちていくのを見届けた私は、出口への道を駆け抜けた。
そう。
風のゆくままに。
ダンジョン リーマン一号 @abouther
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