ホブゴブリンとミニマリスト④
日曜日、省介は自室で目を覚ます。
部屋に差し込む光はもはや朝日とは呼べず、すっかり昼の日差しだった。
(……寝過ぎた)
薄い寝袋の上で身体を起こし、寝ぼけ眼を擦る。
……ん?
見回すと、ルン達の寝袋や本棚やプラモ展示用ラックがそのままになっており、省介はため息をついた。
(……そうだった。いや、昨日はあのまま捕まったきりだったから、むしろ当然か。しかし、自分が集めたわけでもないものを片付けなければならないとは、なんと理不尽な……)
「……いなくなってもなお、不必要だな……」
自分で呟いた言葉に、省介の胸が反応する。
……本当に、いなくなっちまったんだな。
昨夜の別れ際を回想しかけ、省介は思わず首を振った。
(……何やってんだ、女々しい。正しく取捨選択できたんだから、いいだろう。……それにもう……)
「……過ぎたことだ……」
独り言がぽつんと、省介の部屋に消えていった。
日曜の正午ともあって、いつもの喫茶店はそれなりの客入りだった。朝昼兼用の食事を適当に頼んで、ありつく。途中この店のパンケーキが美味しいと評判だ、なんて隣の席のカップルが話しているのが聞こえてきて、省介は食べるペースを上げた。そそくさと食事を済ませ、逃げるように店を出る。
少し早足に省介は街を歩く。
目的地は、近くのスーパー。
普段立ち寄ることはそこまでないが、ミニマル部屋をあるべき姿へ戻すため、いくらかの段ボール箱を調達しようと思ったのだ。ルンが大量注文した物の梱包はみんな捨ててしまい、売却や処分に手頃な入れ物がなかった。かといって取っておいても使わないので、段ボールが無料で手に入るために重宝していたそのスーパーへ向かうのだ。
「ねぇ、ご主人様」
ふとルンに呼ばれた気がして、振り返る。
しかし、そこにいたのは近所の小学生で、きょとんとした顔を省介へ向けている。
……おいおい。
省介は自身の感覚に危機感を覚える。
(……いつも無駄に絡まれ続けたせいで、ついに幻聴まで聞こえてきたぞ。どこまで俺は奴らに生活を侵食されていたんだ。……危うくロリコンに間違われかねないし、これは早いとこ部屋を掃除して、デトックスしないと……)
大きな出入り口付近で、手頃な段ボール箱を物色し、省介はスーパーを後にする。もちろん、無駄遣いの買い食いなどは一切しない。
両手でいくつかの段ボール箱を抱え、住宅街を歩く。
休日の昼下がり独特の、穏やかな雰囲気が漂っていた。
(……やはり休日はのんびり散歩するのに限る。こう言っちゃなんだが、図書館やプールなんてところは、どう考えても俺には無縁な場所なんだ)
すぅ、と深呼吸をする。
息を吐き終わったところで、傍らに車が止まった。
もう見飽きている比田家の黒塗りの車だ。
「……詩咲」
「ごきげんよう、お兄様。……あら? 今日はこの間のロリっ子と一緒ではございませんの?」
取り繕った笑みを見せる詩咲にうんざりしつつも、省介は肯定する。
「……あいつとの用事はもう済んだから、一緒にいる理由がなくなってな。だから……」
ああ、と詩咲は綺麗に微笑んだ。
「なるほど、つまり捨てたんですのね」
「……何?」
詩咲の物言いに、省介は反応する。
「……お兄様の常套手段ですものね。関わりたくない人、自分に都合の悪い人は切って切ってひたすら切りまくってさようなら。何もかも利用できるかできないかで考え、自分以外の者はだれも信用せず、自分以外の人の傷ついた感情や悲しみ、寂しさにはひたすら無神経を貫く。いつかおっしゃっていましたわね、『散々利用されてきたんだから、利用して何が悪い』と。……お兄様はそんな自分に酔っていて気付いていないかもしれませんが、詩咲にはわかっています。お兄様はただずっと、……逃げているだけということが」
「……逃げている、だと……この俺が?」
「そうですわ。……家柄から逃げ、ご友人から逃げ、そして、貴方は詩咲から逃げました。お兄様が捨てているのは、お兄様にとって重たいものばかり。……お兄様が自由なのは、背負うべき責任を、リスクを、全て放棄しているからですわ。そんなお兄様が誰かと長いお付き合いなんて、出来るはずがありませんもの。せいぜい嘲笑の対象以外の何ものでもありませんわ」
見下した視線を感じ、省介は憤る。
詩咲へ反論しようとするが、パワーウィンドウを閉められた。
閉まり際に清々しい笑顔で、
「ごきげんよう、裏切り者のお兄様」
車が走り去り、省介は段ボールを地面に叩きつける。
(……なんなんだ、あいつは。予想するに大方こないだのことへの復讐なんだろうが、普通に腹立つな)
ふーふー、と荒い息をしていると、少し離れたところから綺麗な声が聞こえてきた。
「……比田、くん?」
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