第102話 個性という暴走(3)

 嫌な予感がする。ルリアージェは毛皮の上を歩いて、どこかで見たような彫刻の前に立った。下から見上げると、確かに記憶を刺激してくる。


「ああ、これならテラレスの宝物庫にあったやつだ」


 肩に手を置いて横から覗き込んだジルが、答えを口にした。


 ジルが封印された王杖の金剛石を調査する際に、確かにテラレスの宝物庫に入った。その時に見たのだと記憶が呼び起こされる。王杖が砕けた際、驚いて後ろに下がった時にぶつかった彫刻だ。倒れそうになった彫刻を慌てて押さえたはず。


「なぜ、ここに」


「リュジアン王宮でリア様のお好きな彫刻の傾向がわかりましたので、同じ作家の彫刻や似たデザインの物を集めました」


 集めた……つまり、無断拝借か。人族の枠に当てはめると、これは盗難事件だった。溜め息をついたルリアージェの様子に気づかないのか、魔性達は口々にリオネルを褒めている。


「素敵ね。さすがだわ」


「これなんて、本当にリアの好みよ」


「気が利くな、リオネル」


 本来なら戻して来いと命じるのが正しい。しかし彼らの性格を、ルリアージェは多少なり理解し始めていた。この彫刻は要らないと口にしたが最後、壊す、消す、捨てるの選択肢しか残らない。一国の宝物庫に保管されるほどの名作が、ゴミとして扱われるだろう。


 それは作者に対して申し訳ない。


「次から持ってくる前に相談してくれ」


 悩んだ末に彼女が口にできたのは、これだけだった。いつか持ち主に返そう。そう決めたルリアージェの呟きは、口調から想像するより弱々しかった。


「わかりました」


 にこにこと笑うリオネルに悪気はない。罪を知らない幼子を叱りつけるような罪悪感を覚えながら、ひとつ溜め息を吐いた。


「レースのカバーやテーブルクロスは、海辺で見つけましたわ」


 パウリーネの言う海辺とは、海に面した国だろう。穴を空けた宝石が一緒に編み込まれているのだから、土産物として販売されていたわけがない。高額過ぎて一般の人の手が届く品ではなかった。


「これは、どこから?」


「シグラの宝物庫ですわ」


 悪びれず答えたパウリーネに、がくりと肩を落としたルリアージェが命じたのはたったひとつ。これだけ守ってもらえば、これ以上の被害は防げるはずだった。


「……人族の宝物庫は出入り禁止だ」 

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