第91話 海辺の穏やかな風景(3)
「……あら、難しそうですわね」
パウリーネが苦笑いするが、リオネルは「慣れでしょう」と穏やかに微笑む。リシュアは今の現象が興味深いらしい。
「魔力の延長が翼ならば、我々も作れませんか?」
リシュアの疑問に、3人の魔性は食いついた。
「あたくしも欲しいわ」
「リア様やジル様とお揃いね」
「考えたことがなかったですが、試す価値はあります」
ライラ、パウリーネ、リオネルが真剣に魔力を練ったところで、呆れ顔のジルが中止を宣言した。
「こら、食べ終わってからにしろ」
「「「すみません」」」
気づけばリシュアまで一緒になって、翼を作ろうとしていたらしい。夕暮れが終わって薄闇に包まれる円卓に、リオネルがキャンドルによる灯りを並べる。ゆらゆらと風に踊る炎に照らされた食卓は、どこか幻想的で現実離れした雰囲気があった。
食べ終わる少し前に赤ワインを開けて口をつけ、フロマージュとして振る舞われるチーズを楽しむ。最後はさっぱりしたシャーベットで締めくくられた。
もう一度翼をしまいなおし、ほっとした表情でルリアージェが背もたれに寄り掛かる。行儀が悪いのは承知だが、どうしても羽を気にした生活は肩が凝るのだ。こうして気軽に背中を預けることが出来ない状態は疲れた。
生まれついての羽ならば、気にならないかも知れない。しかし突然現れた背中の翼は、ルリアージェにとって装飾過多なドレスと似た感覚だった。傷にしたり汚したりしないよう気を遣う存在だ。そのため翼をしまった今、ドレスを脱いだ身軽な気分になる。
「ああ、楽になった」
「昨夜は寝る時も俯せだったもの」
笑いながらバラしたライラに、ジルがぼそっと「羨ましい」とこぼした。一緒に寝たいと駄々を捏ねたのだが、耳まで真っ赤になったルリアージェに拒否されたのだ。
「今夜はオレと寝よう。抱っこして寝たい」
全力でアピールするジルに首を横に振ると、がっくりと肩を落とした。あまりの落ち込みように、ルリアージェは断り方が悪かったと妥協案を探る。
「そうだ! みんなで一緒の部屋に寝ればいい」
「みんな……」
繰り返したジルが顔を上げる。心なし目が輝いているが、全員一緒なら問題ないとルリアージェが大きく頷いた。彼のことだ。部屋一面にベッドを敷き詰めてでも寝る場所を確保するだろう。
贅沢を極端に嫌うルリアージェらしくない考えだが、それだけこの非常識な甘やかし集団に慣れてしまったということで……。
「ベッドをご用意しましょう」
リシュアが最初に切り出した。隣でリオネルが部屋の片づけを申し出て、パウリーネが愛らしいネグリジェを取り出してルリアージェに勧めた。
「……わかってるな?」
にっこり笑ったジルの促しに、3人は静かに頷いた。ルリアージェに見えない場所で行われた『夜中になったらこっそり別の部屋に移動する密約』だが、にっこり笑った少女の声が台無しにする。
「あたくしは、わからないわ」
絶対に部屋から出ていかない。そう宣言したライラだが、リオネル達に運び出されて隣室で目を覚ますのは、翌朝の出来事だった。
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