第83話 やっと自覚した気持ち(2)

「リア、海ではまた魚料理を作ろうか」


「ジルが作るなら、白身魚のマリネとサーモンのハーブ焼き、あと二枚貝のコンソメスープがいい」


 嬉しそうにリクエストする美女の手をとったジルは膝をつき、その甲に唇を押し当てた。真っ赤な顔のルリアージェが硬直する。


「奥様のお望みのままに」


「お…奥様とか、呼ぶな」


 照れて立ち上がったルリアージェが自室へ向かって走る。


「危ないっ、リア。ドレスで走ったら」


 転ぶと言い切る前に、つまずいたルリアージェをジルが抱き留めた。後ろから腕を回して転倒を回避したが、彼女の顔は真っ赤だ。


「ジルっ、離せ」


「離したら転ぶでしょ。何を……!」


 手を振り回して離せと暴れるルリアージェの様子に首をかしげたジルだが、回した手が彼女の小ぶりな乳房を鷲掴みにしていたことに気づく。


「わ、悪かったな。小さくて」


 気付かない程度の胸だと卑下して唇を尖らせたルリアージェを、ぐいっと引き寄せて耳元で囁いた。


「オレはこのくらいが好きだけど」


「……っ!」


 耳や首まで赤くして黙り込んだルリアージェの姿に、ライラは「毒牙にかかるってことわざを思い出したわ」と肩を落とす。


「おめでとうございます」


「よかったですわね、ジル様」


「まさかジル様が口説き落とすとは」


 リシュア、パウリーネ、リオネルの3人はそれぞれに驚きや祝いを述べる。真っ赤な顔で「ち、違うぞ!」と抵抗するルリアージェだが、その表情がすべてを物語っていた。焦っていても口元が少し綻んでいる。


「諦めて、リア。惚れた男に抱き締められて赤くなったら、もう誤魔化せないわ」


 ライラも渋々ながら認めざるを得なかった。彼女が望むのは、ルリアージェの幸せのみ。最悪の男だろうと、ルリアージェが望むなら選択肢はないのだ。


 黒い床に反射する自分たちの姿は、意外なほどに似合っていて。


「それじゃ、愛を確かめ合ってくる」


「手が早すぎるわ!!」


 ライラが止めようと立ち上がると、リシュアが彼女の肩を抑えた。リオネルも間に立って遮る形を取る。パウリーネは困ったような顔をしながら、ライラに首を横に振った。


 人の恋路を邪魔するものは……そんな言葉が彼らの脳裏をよぎる。


「まてっ、私はそんなんじゃ……」


「はいはい。隣の部屋でゆっくりじっくり聞くよ」


 転移まで使って隣室に消えたジルの嬉しそうな横顔に、全員がそろって息を吐いた。リオネルとリシュアはお茶の片付けをはじめ、パウリーネはライラと隣室を交互に見ている。そうこうしている間に、ライラは彼らの目を掻い潜って隣室から数歩離れた場所に移動した。


「ライラ様、さすがに邪魔は……」


「悲鳴が聞こえたら踏み込めるようによ」


 腕を組んで勢い込んだ少女の後ろ姿に、3人は苦笑いして顔を見合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る