第84話 応える覚悟(1)

「ねえ、リア」


「うるさいっ」


 ベッドの上に下した美女は、現在籠城中である。顔を枕に埋めて起き上がろうとしない。強固な砦を落とすため、ジルはルリアージェの銀髪を手で梳きながら距離を保った。


 こうして気を許してもらえるまで、本当に気長に待ったのだ。今更わずかな時間を惜しむ気はない。


 人族ならばまだしも、魔性が異性を抱きたいと思えば、相手の意思を奪って力づくで襲う方法もあった。心まで求める魔性は少ないため、気に入った人族に対する扱いは、夏に見つけた蝶を捕まえて閉じ込める程度の感覚だ。


 子供が気に入った羽をもぐように、残酷な感情の赴くままに手に入れてしまう。しかしジルが求めたのは、身体ではなく彼女の心だった。


 天然で抜けてるくせに、変なところだけ鋭くて。優しいのに突き放した態度を取ったり、相手の立場を気遣って距離を置こうとする。その矛盾したすべてが興味をそそる感情で、知れば知るほど欲しくなった。


「オレはリアが思ってるより、リアを愛してるぞ」


「嘘だ」


 即答されて口元に笑みが浮かんだ。絶世の美貌を誇るジルの蕩けるような笑みを見ることなく、ルリアージェはまだ枕に懐いている。駄々を捏ねる子供の仕草で、じたばたと足で音を立てた。行儀の悪い仕草なのに、微笑ましく思う。


「たぶん、初めて好きになった存在だ」


「……リアーシェナがいる」


 ぼそっと呟かれ、かたくなに拒まれる一端に気づいた。嫉妬するほど愛されている事実に、嬉しそうにジルは目を細める。手の中でさらさら流れる銀髪に顔を近づけ、毛先に接吻けた。


 たったこれだけの仕草で満たされる。彼女が不要だと切り捨てたら、自らの命を絶てるほど愛していると思えたのは、ルリアージェが初めてだった。


「リアーシェナは姉か妹だな。オレにとって肉親の代わりだった。姉を相手に懸想する弟はいないだろう?」


「いるかも、しれない」


 どこまでも疑り深い。いや、実際には理解しているのだろう。ただ恥ずかしくて顔を上げられなくて、つい憎まれ口を叩いてしまうのだ。そんなルリアージェが愛しくて、甘い吐息をついた。


「オレは家族に欲情なんてしないぞ」


「……っ」


 強引だがルリアージェを抱き起す。慌てて逃げようとする彼女を抱きしめて、首筋に顔を埋めた。肩に触れる長さの銀髪が視界を覆い、ひとつ深呼吸して翼を広げる。

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