第81話 風の魔王への宣戦布告

 炎に包まれ追い込まれた魔性を一瞥し、リオネルは興味なさそうに焼き尽くした。その隣で、別の魔性がリシュアに切り刻まれる。悲鳴を上げた男を刻み、逃げようとした女を貫く。そこに容赦や遠慮という単語は存在せず、淡々と行われる作業のようだった。


「手ごたえのない、風の魔王の名もすたれたものですね」


 少なくともリオネルが封印されたあの頃、ラーゼンの配下はもっと強かった。彼がマリニスに傾倒してすぐの戦いで、側近たちは全力で死神に立ち向かったのだ。その強さを覚えているからこそ、今の不甲斐なさが際立つ。ばらばらになった欠片にも火を放ったリオネルが、周囲の死体を確認した。


「全部で6人、殺し忘れはなさそうですね」


 リストアップした風の魔王ラーゼンの配下達を眺め、2人は顔を見合わせた。周りを囲む数十人の魔物や魔性に、こちらへ攻撃する素振りはない。側近クラスの6人を片づけたが、ラーゼンは姿を見せなかった。


 以前から薄情な魔王だが、ここまで縄張りを荒らされても出てこないのでは、次の手はもっと過激にするしかあるまい。にやりと笑みを浮かべた2人は魔方陣による転移で戻った。


「……ラーゼン様はなぜ動かれない?」


「死神にここまで好きにされて、それでもあの男マリニスを」


「口を慎め」


 上の側近が消えて、ようやく自分の番が来たのだ。機嫌がいい『暴風のエアリデ』が騒ぐ魔性達をなだめた。緑の髪と瞳を持つ主の姿を思い浮かべ、エアリデは足元の灰をじっくり踏みにじった。


 実力だけならば彼らより自分の方が上だ。なのにエアリデが重用されなかった理由は、その気性の粗さにあった。主より自らの欲望を優先させる。彼にとって風の魔王が庇護する火の魔王マリニスは、そこらの魔性と同列だった。


 身を挺して守る価値はないし、珍しい能力もちでもない。興味も惹かれない相手だが、主が大切にするから守るフリをしていた。その本音を見抜いているラーゼンは、エアリデを絶対にマリニスに近づけない。側近として侍った6人は、マリニスに対して感情を向けないから認められたのだ。


 憎しみや恨みの感情をマリニスへ向けるエアリデは、見回した配下の不満に気づきながら上から押さえつけた。


 ようやく訪れたチャンスだ。焦って台無しにする気はない。


「ラーゼン様にご報告申し上げる。貴様らは、このゴミを片づけておけ」


 滅ぼされた6人の灰や破片を指さし、淡々と言いつけた。核を抜かれた死体はただの物体だ。もう魔性として蘇ることもないだろう。冷たい眼差しを向けるエアリデに、非難の声はなかった。


 実力社会の魔性にとって、敗者を顧みたり助けることはない。死神を主人を持つ者達に、縄張りである風の渓谷を荒らされた罪は負けた彼らのものだ。エアリデが姿を消した渓谷に、冷たい風が吹いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る