第69話 神を滅ぼす鍵の使い方(3)

 魔力を含んだ命令に返答はない。だがリシュアは濃淡の瞳を細めて笑った。その口元の笑みに気付いたライラが肩をすくめ、結界の内側にもう1枚の結界を重ねる。


 魔法陣に魔力が集められていく。1万以上の魔性や魔物が魔力を注いでは消滅していく姿は、星の輝きを見るような壮大さがあった。瞬きも忘れて見入るルリアージェが「儚いが美しい」と呟く。命が消えていくと気付かなければ、確かに美しい光景だった。


「我が君の御為に」


 誰もが判を押したように同様の言葉を口にする中、真っ赤な髪の魔性が足元に魔法陣を描く。怪訝そうな顔をした仲間に嫣然と微笑みを向け、その魔法陣の範囲を拡大した。彼の赤い魔力に緑が混じり、不思議な色合いを作り出す。


 リシュアの魔力を帯びた魔法陣を手に、ロジェは幸せそうに笑った。かつて水の魔王トルカーネに引き寄せられて従った魔性は、魅了されたリシュアの命令へ忠実に従う。己の名を呼ばれるだけで至上の喜びを感じるロジェは、転移してリシュアの後ろへ降り立った。


「ジル様」


 リシュアの呼びかけに、囮となって連中の目を引きつけていたジルが動いた。左手に呼び出したアズライルの柄を魔法陣に突き立てる。長身のジルより大きな鎌は、死神の左手で鈍く光を弾いた。


「貴様っ」


「トルカーネの腰巾着にしちゃ上出来だが、最後まで付き合うほどオレは優しくないぞ」


 魔法陣にヒビがはいり、集められた大量の魔力が暴走を始める。ロジェが重ねた魔法陣が、内側から魔力を放出してバランスを崩した。制御に必死になるクリストの背に、水虎が現れる。逃げ場を失った魔性の足元で魔法陣が砕け散った。


 カシャンッ!


 美しい、玻璃が砕けるような音が海底に満ちる。黄金色の光が散って、深い紺色の海水がぶわっと濁った。われた魔法陣から噴出した空気が、冷たい色の海に溶け込んでいく。


「終わりだ」


 いっそ優しく聞こえるほど穏やかなジルの声。トルカーネの最後の意地が、泡となって地上へあがる。結界の内側にいたルリアージェの足元に、小さな銀色の鍵が落ちてきた。さきほどクリストが魔法陣へ差した鍵は、死神とその眷属、大地の魔女の3つの結界をすり抜けたのだ。


「危険だから触れないで……って、もう……リアったら」


 注意したライラの声より早く、ルリアージェの手が鍵を拾い上げた。触れても何も起きない鍵を手のひらに乗せ、ゆっくり握りこむ。


「あんたは本当に運を引き寄せる体質なんだな」


 感心しながらも気の毒がる口調に顔を左側に向けると、見覚えがある赤い短髪の青年がいる。ロジェより真っ赤な髪で薄氷色の瞳を細め、レンはルリアージェが握った鍵を指差した。


「それ、神を滅ぼす鍵だぞ」

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