第65話 神々の廃墟にある卵(2)
「すごいわね、ここは生きているわ」
大地の精霊王の娘は、ぺたんと座った大地に手を這わせて驚きの声を上げる。初めて訪れたパウリーネも見開いた目で周囲を見回した。
「綺麗な場所ね」
女性達の声を、リオネルは難しい顔で聞いた。神族が滅びる前から、彼らのジルに対する扱いを知るリオネルにとって、この場所はジルの古傷を抉るナイフのごとき鋭さを感じる。険しい表情のリオネルの肩を、リシュアが叩いた。
「ジル様の選んだことです」
「わかっていますが」
それでも来たくなかった。言葉にしなかった後半は、リシュアにしか届かない。
「あの人は……きっと清算したいのでしょうね」
躊躇いがちに選ばれたリシュアの言葉に、リオネルはやっと眉間の皺を解いた。大きく息を吸って気持ちを切り替える。
少し先で、ルリアージェの手を取るジルは口元を引き結んでいた。しかし表情はさほど険しいものではない。どちらかといえば、緊張しているように見えた。
「神族の卵からは、神族が生まれるのか?」
無邪気な質問に、ジルは柔らかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「卵と名付けられたが、実際はまったく別物だ。神族が大切にしていた宝石の名前らしいぞ……おっと」
神族の血を引きながら、一族の宝物を知る機会すら与えられなかった。人づてに聞いた話を口にしながら、瓦礫を踏み外したルリアージェを抱きとめる。
「ありがとう、助かった」
「いつでもお助けしますよ、姫」
茶化して返しながら、複数ある神殿のひとつで足を止める。それはトルカーネが訪ねた神殿だった。もちろん、ジル達にそれを知る術はない。
太い柱が支える神殿は多少崩れているものの、元の美しく荘厳なデザインを色濃く残していた。大人の手が回らないほどの柱には植物が、天井にも神か天使が彫刻されている。翼ある人の顔は美しく、滅びた神族を彷彿とさせる品のある佇まいだ。
「あの翼の部分に鍵が隠してある。そしてオレ達が目指す卵は、こっちだ」
水の魔王トルカーネが得た鍵の位置を指差したジルは、すぐに視線を別の位置に動かした。そちらは空中ではなく、神殿の中央にある水晶玉の方角だ。大人が抱えられるぎりぎりの大きさの水晶は、曇りも傷もなく台座に飾られていた。
見事な水晶にライラが釘付けになる。
「この水晶が?」
「そう思うだろ? でも残念ながら違うんだ」
悪戯が成功した子供みたいな表情で笑い、ジルは水晶の台座に手を伸ばした。ルリアージェが覗き込む先で、台座の飾りのひとつに手を翳す。一瞬だけ飾りから針が飛び出して手のひらを突き刺した。ぽたりと落ちた血が、白い石材に吸い込まれる。
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