第65話 神々の廃墟にある卵(1)

 神族の丘があるアスターレンとシグラの国境付近は、穏やかな風が吹いていた。徐々に夏へ緑を濃くする大地は、絨毯のように白い小花を咲かせる。地上は一部の神殿らしき建物が残っているが、ほぼ廃墟と化していた。


「これが名前の由来か?」


 『神々の廃墟』などという不吉な名を与えられた地で、ルリアージェが周囲を見回す。なぜか一度着替えに戻らされたので、白いワンピース姿だった。膝下丈のフレアスカートが柔らかく風をはらむ。


「いや、地下にある廃墟が由来だ」


 ジルの声が少し強張っている気がした。そっと手を伸ばしたルリアージェが、ジルの冷たい指を掴む。驚いたジルの顔に、悪戯が成功したような擽ったい気持ちが湧いた。だからそのまま指を絡めて繋ぐ。


「リア?」


「こうしていよう」


 微笑ましく見守る4人に、ジルはふっと表情を和らげた。作った笑みではなく、心からの表情だ。それを引き出せたことが嬉しいルリアージェは、先にたって歩き出した。足首まで埋まる草丈の草原を進むと、途中から白い瓦礫が増えていく。


 ごろごろ転がる石を避けて歩くルリアージェをサポートしながら、勝手知ったる神殿跡をジルは奥へ進んだ。遺跡群のようになった白亜の神殿の一部が崩れている。もとから階段があった場所だった。


 ”穢らわしい。近づくな”この神殿に住んでいた連中は口を揃えて、ジルを罵った。思い出すのは、白い翼を見せ付けるように広げる整った顔の連中だ。人族にとって神であり天使であっても、子供だったジルにとって最悪の悪魔だった。


 感傷を振り切るように大きく息を吸って、階段を下りる。この先は混ざり物呼ばわりされたジルにとって、足を踏み入れることを禁止された場所だった。もちろん、神族が滅びた後に一度降りたので中の構造は知っている。


「この先に神族の卵がある」


 階段の足元に注意しながら降りてきたルリアージェが顔を上げるのを待って、地下空間の奥を指差した。そこは不思議な空間だ。


 神族の丘と呼ばれる場所にある神殿によく似た建物が並んでいた。地下なのに、土で遮られているはずの場所なのに、遺跡は数日前まで人がいたような美しさが保たれている。


 リスが走り、小鳥が舞い、名も知らぬ野花の咲き誇る場所が広がっていた。不思議と光が溢れる大地は地上にある錯覚をもたらす。足元に流れる小川は少し先で別の小川と合流した。その水の流れをさかのぼるように、ジルは歩き出す。


 懐かしさより黒い感情が浮かんだジルの複雑な心境を知らないルリアージェだが、繋いだ彼の手が冷たくなるのを感じた。

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