第50話 不義の無実(3)

 コンコン。


 水晶を片付けた頃、ドアがノックされて侍女が顔を出す。精霊である彼女は困惑したような顔を作っていた。さすがに注文した炎龍用のペンダントの配達ではないだろう。リオネルが近づいて何かを尋ね、侍女は重い表情で頷いた。


「ジル様、ご歓談中に失礼いたします。リュジアン王宮よりお呼び出しがございました。公爵ご夫妻でお越しくださいとの伝言です」


「……リアも?」


 分かっていたくせに片眉を持ち上げて不快だと示すジルは、侍女の後ろで待つ使者に気付いている。彼には、こちらにとって都合のいい話を持ち帰ってもらう必要があった。


「ならば、皆でお伺いすると伝えてくれ」


 断る余地を残さない断言に、リオネルはそのまま使者に伝えた。






 馬車の中で、何も知らないのはルリアージェだけ。ジルが隣に座るルリアージェの手を握り、柔らかく声をかけた。


「リア、このあと不愉快な思いをさせてしまう。国王らは誤解していて、その件で不当に責められる。しかしオレ達はリアの無実を知っている。証明する方法もあるから……信じて欲しい」


 じっとジルの顔を見て、それからライラやリシュア、リオネル、パウリーネを順番に確認して、ルリアージェは肩の力を抜いた。真剣なジルの言葉に何か騒動がありそうだと予想したが、彼らほどの実力者が揃っていて冤罪はあり得ない。


 擽ったい気分で頬を緩めた。


「構わない。任せるぞ」


 大物振りを発揮するルリアージェの額と頬へ、ジルがキスを落とす。続いてライラが手の甲に唇を当てると、他の3人もそれに倣った。姫に忠誠を誓う騎士のような行為が終わる頃、ようやっと馬車は王宮の門へたどり着く。


 先に下りたジルが手を差し伸べ、ルリアージェは当然の権利としてその手を受けた。正しく美しい姿勢で、見せ付けるように階段を下りる。彼らが信じてくれと言うなら、最後まで信じるのみ。これから起きる騒動への不安はあるが、彼らへの不信はなかった。


 先日と違う真っ白な熊の毛皮を羽織り、薄紫色のドレスを捌いて歩く。炎龍ジェンを封じたアクアマリンを首飾りの中央に据えたネックレスがきらりと光を弾いた。


 先日は家具を見ながらゆっくり進んだ廊下を、今日はわずか数分で通り抜ける。見事な彫刻が施された扉の先には、王族と摂政家など一部の貴族が並んでいた。上位貴族ばかりなのだろう、先日の謁見時と比べれば1割ほどしかいない。


「よく参られた、マスカウェイル公爵」


 先に声を上げたルーカス国王へ、ジルは軽い会釈のみで済ませる。不遜な態度が咎められる状況ではないと知る彼の行為に、案の定、誰も余計な発言をしなかった。

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