第46話 自由に観光がしたかったので(2)

「部屋を用意させよう、ゆるりと楽しまれるがよい」


 一礼した彼らが退出しようとするのを、慌てて呼び止める。


「待たれよ」


 首をかしげて立ち止まるジルへ、リュジアン国王ルーカスが己の息子達を手招いた。慌てて歩み寄る息子達を紹介する。


「第一王子アードルフ、第二王子オリヴェルだ。どちらかを貴殿らの案内役につけようと思う」


「……殿下方を、ですか」


 考えるように区切った言葉、眇められた紫水晶の瞳が冷たい印象を与える。隣の妻に何か耳打ちをするが、彼女はゆるりと首を横に振った。瞳と同じ色の宝石がしゃらんと音を立てる。


「お申し出は有り難く、されど我らは王族ではありませぬ。恐れ多く、ご辞退させていただきたいと……」


 リシュアがジルの前に進み出て断りを口にする。


 言い切らずに委ねる形をとっているが、明確な拒絶だった。自国の貴族達が驚きに目を瞠っている。それもそうだろう。北の国はどちらも大国だが、王の権力が絶対視されてきた。他国の王族であろうと、ここまではっきり断られることはない。


 絶対王政の北の国々で、他国の一貴族がリュジアン国王の申し出を跳ね除けるなど……。


「失礼いたします」


 この場で決定権をもつのは、どうやら公爵夫人らしい。彼女が礼をとって踵を返すと、公爵がその細い腰に手を回した。ロイヤルブルーのドレス姿が美しい美女は、白い手を娘に差し出す。当然のように手を握った娘を連れて、彼女は歩き出した。


 一礼して弟夫妻、執事も広間をでていく。呆然と見送ったリュジアン国王と貴族は顔を見合わせた。宰相がぼそりと呟く。


「なんと……自由な」


 その一言にすべての感想が込められていた。王族への謁見にかしこまりすぎることなく、平然と最低限の礼を尽くして去っていく。身分に必要な保護は受けるが、それ以上の思惑は遠慮なく切り捨てる。これを王族ではなく、一貴族が行ったのだ。


 さすがは外交で名を成せるサークレラ国王の相談役よ、と誰もが感心した。





「びっくりしたわ。王子をつけるなんて言うんですもの」


 邪魔なだけじゃない。そんなライラの呟きに、リシュアがくすくす笑う。リュジアン国王ルーカスの思惑はわかりやすかった。外交を得意とするリシュアでなくても気付く。


「あたくしは人族と結婚する気はなくてよ」


 ライラのつんとした物言いに、ルリアージェが頬を緩めて茶色の髪を撫でた。尻尾と耳を隠して人の姿を装った彼女は、ただの人族の少女だ。上位魔性を相手取る精霊王の娘には見えない。

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