第46話 自由に観光がしたかったので(3)

「人族にとって婚姻は特別だからな」


 サークレラの王族へ繋がる公爵家の一人娘という触れ込みは、彼らにとって格好の獲物だった。そういう意味では、リオネルに執事ではなく婚約者という立場を与えておけばよかったと思う。彼が了承するかは別の問題だが。


「ですが、あの国王は別の策も用意していると考えるべきでしょう」


 リシュアは淡々と評価を口にする。


「私が知る限り、ルーカス国王は道理を無視しても望むものを手に入れようとするタイプです。たとえば私かジル様に王女を宛がう危険性もあります」


「王族でない公爵家で、側室の制度はないぞ?」


 ルリアージェの指摘に、リシュアは教師のような顔で頷いた。政治の駆け引きに関しては、彼が一番経験を積んでいる。


「ルーカス国王側から見た見解をご説明しましょう。その前に……馬車まで戻りましょうか」


 敵地で迂闊な話は出来ないと笑うリシュアの微笑みに、ジルがくすくす笑いながらルリアージェを引き寄せた。歩きづらいほど顔を近づけて、耳元で囁く。


「さっきから数人の女が追いかけてきてる。逃げるが勝ちだ。急ぐぞ」


 頬を染めたルリアージェを抱き上げたジルに続き、ライラが足元に何らかの魔法陣を敷く。ふわりと消えた魔法陣を読み取る前に、彼らは黒檀で設えられた馬車に逃げ込んだ。


「馬車は宿に戻します。あとは幻影があれば用が足りるでしょう」


 リシュアの言葉に頷いたパウリーネが馬車の魔法陣をひとつ起動する。自分達の幻影が生まれたのを確認し、ジルがルリアージェを連れて転移した。続いたライラ、リシュア、リオネル、パウリーネが城の広間に姿を現す。


「ここならば安全です。宿には幻影を泊まらせ、我らはこの城から通えばいいでしょうから」


 リオネルは慣れた様子でテーブルセットをはじめ、全員が当然のように腰掛けた。肩がこる謁見は、ルリアージェにとって素敵な家具の見学会でしかない。


「廊下にあった女性の絵に使われた額縁の彫刻は凄かった」


「確かにあれは素敵だったわ。あたくしは少し先にあった壷が気に入ったの」


「彫刻ならば、謁見の間の扉も見事だったわ」


 女性達の感想を聞きながら、政治学を披露するチャンスを失いそうなリシュアが苦笑いする。肩を竦めたジルが軽食を用意し始め、リオネルは珈琲を並べた。


「何か食べておいたほうがいいんじゃないか? このあと、ライトアップされた水晶の谷を見に行くぞ。水晶通りは明日だ」


 ジルの提案に異論はなく、今夜の予定はあっさり決まった。

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