第40話 曲解と暴走は得意(2)

 魔性はまだ死ねない。だが、もう決着はついてしまったのだ。ここから巻き返す戦術を彼女は用意していなかった。


 圧倒的な差があると理解しているだった。それが『つもり』でしかなかったと知った時は手遅れだ。


 整いすぎた顔、さらりと流れる黒髪、シミひとつない白い肌と紫水晶の瞳。美しい男は笑みを浮かべて、優しそうに残酷な言葉を吐いた。


「楽に死ねると思うなよ」


 簡単に命を絶ってやるほど優しくない。ジルはそう宣言する。裂かれた切り口は血を吹き出していない。白炎より高温となった見えない炎で焼かれた傷口は、鮮やかな肉片の色を覗かせた。


 ちらりと視線を下へ向け、結界に守られた銀髪の人間を見つめるジルの表情は、不思議なほど柔らかかった。同時に気付く。ああ、彼女だけは攻撃してはいけなかった。他の誰を攻撃してもいい。ジル自身を狙っても彼は怒らなかっただろう。ただ……彼女を狙ってはならなかった。


 もう遅い理解だが、レイリは諦めたように目を伏せた。死神ジフィールと彼女の関係は、自分にとってのラヴィアと同じなのだ。


 ジルが手にした球体がレイリの半身を包んだ。逃げられぬ彼女の様子に気付いたラヴィアが名を呼ぶ。手を伸ばす仕草を見せた彼の姿に、レイリは穏やかな笑みをみせた。


 最後に私の名を呼んでくれた――それだけで報われる。


 球体を小さく丸めて、中にアズライルを転送した。ジルの手に乗る大きさ、直径15cmの透明の水晶玉はすぐに赤い色に染まる。自我のあるアズライルは、殺さぬよう加減しながら『暇つぶし』を楽しんでいるだろう。彼にとって時間は無限であり、大切な玩具をすぐに殺すような性格をしていなかった。



 その頃ライラの操り人形となった薄緑の少女は、レイリの半身に剣を突き立てていた。ゆっくり、じわりと剣に重さをかけて裂いていく。一度に切り捨てることは可能だが、切れ味を無視して僅かずつ傷を負わせた。


「好きにしていいわ」


 笑みを浮かべたライラの許可を得て、少女は無表情だった仮面のような顔に笑みを浮かべた。彼女の許可はこう置き換えられる。『養分にしていいわ』と。


 少女の形をしていた植物は手足を蔓に変え、獲物を包んで貪り始めた。植物の本来の成長速度は遅い。養分を吸収しながら傷口を見つけては広げていく。引き裂いた体内へ根を張り、レイリの魔力をじわじわ吸い上げながら取り込んだ。

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