第29話 サークレラ国王崩御(6)

 醜く傷ついた魔性を魔法陣で包み、詠唱なしで癒しを施すリシュアが微笑む。左右で濃淡の違う緑の瞳が向けられた魔性は、ひれ伏して足元に縋りついていた。淡い緑の光に包まれた魔性の焼け爛れた皮膚が、徐々に元に戻っていく。


 水の魔王に惹かれて近づき、やがて側近達に役目を与えられ歓喜したのだろう。使い捨ての駒とわかっていても、彼は必死に魔力を尽くして地上に魔王を降臨させた。打ち捨てられても、魔性は己の決断を後悔したりしない。


 水の魔王側はこの魔性を使い捨てと判断して捨てた。ならば、我らが拾っても差支えがないと考えるリシュアは、彼の使い道を考えているのだろう。それが酷い方法や手段でなければいい、口に出さずにルリアージェは願った。


「名前は?」


 リシュアの問いに、すっかり火傷が治った魔性は真っ赤な髪に縁取られた顔を上げて、小声で名を口にした。


「…ロジェ」


 魅了の魔眼に囚われた魔性は、基本的に裏切らない。希少で使い手はほとんどいないのに、この能力が有名なのは使だからだった。己より魔力が多い相手に通用しないという欠点はあるが、リシュアのように上位魔性ならば問題はない。


「ならばロジェ、私のために働いてくれますね」


「はい」


 嬉しそうに笑う姿は無邪気な子供のようで、この魔性がまだ生まれて間もないことを示していた。真っ赤な髪を数回撫でて立たせると、リシュアはゆっくり周囲を見回す。


「ちょっと手荒ですが、王宮の一部を破壊しますか」


「お手伝いするわよ」


 国王崩御の理由を作ろうとするリシュアに、ライラはくすくす笑いながら提案する。断られることを承知で名乗りを上げたのだが、予想外のところから声が上がった。


「お忍びで祭りに参加した国王陛下が被害にあった、ではマズいのか?」


 策略に長けているというより、単に疑問として口にしたのがわかる。ルリアージェの一声で、誰も反論できなくなった。


 大きな魔術を使って魔力を消費した代償として、身体は休息を欲している。ひどく眠いため、ルリアージェは欠伸まじりに目元を擦っていた。折角の化粧が台無しなのだが、ジルはそんな美女を抱き寄せて満足そうだ。


 街の住人達は、突然の騒ぎを花火の爆発だと勘違いしている。他国と違い、過去に魔性の干渉をリシュアが排除してきたため、魔性に襲われた経験がなかった。国民にしてみれば、花火が始まってしばらくしたら大きな爆発があって、その後誰かの魔術で元に戻った――そんな結果しか見えない。


 事情を理解できているのは、一部の魔性と国王、王宮の魔術師くらいだろう。

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