第29話 サークレラ国王崩御(7)

「リアが眠そうだから一度戻るか」


 欠伸あくびする美女を抱き上げたジルが、爪先で足元に魔法陣を展開する。青白い光が見る間に大きくなり、リシュアとリオネルを包んだ。ライラがふわふわと魔法陣の上に浮いたまま移動し、リシュアが手招くとロジェが近づいた。


 庭の芝の上に現れた面々に、騎士たちが慌てて駆け寄る。


「陛下、ご無事ですか」


 花火の暴発のような爆音の直後、飛び出して庭から転移した国王の後を追うわけにもいかず、彼らはやきもきしながら待っていたのだろう。城のテラスから離れた遠い場所に飛んだため、たどり着くまでに少し猶予があった。


「では、私は崩御の手配を…」


 奇妙な言い回しの直後、リシュアは足元に魔法陣を描いた。すぐに消えたが、一瞬で彼の服は切り裂かれ、白い肌に血が流れる。その割りにぴんぴんしている姿に、苦笑いしたリオネルが手を差し伸べた。


「私が手を貸しましょう」


 魔性は痛みに鈍い。そのため致命傷に近い傷でなければ、痛みにふらつくことはなかった。言われて不自然さに気付いたリシュアは素直に、リオネルの肩に寄りかかる。細身のリシュアを軽く抱き上げたリオネルに、ライラが唇を尖らせた。


「あたくしが手伝いたかったのに」


「「「おかしいでしょう(だろ)」」」


 すでに眠ってしまったルリアージェと、状況が理解できていないロジェ以外が一斉につっこんだ。少女と呼ぶ年齢のライラが、国王を担いで歩いたら笑い話にしかならない。悲壮感もへったくれもない、崩御の計画も台無しだった。


「陛下!!」


「なんという…っ、おケガをなさったのか」


 騎士だけではなく、侍従達も後ろから走ってくる。その数は多く、いかにリシュアが国王として慕われていたかを示すようだった。そんな彼らを騙すことに胸の痛みを覚えそうな唯一の人間が眠っているため、大根役者達の暴走芝居をとめる者はいない。


 リシュアはぐったりと青白い顔色で血に塗れてるし、国王を抱き上げたリオネルは無言で俯いている。金髪が顔を上手に隠してくれるので、こっそり裏で笑っているのは気付かれなかっただろう。ライラは女優さながら泣き真似をはじめた。自分に酔うタイプなのか。


 不本意ながら一番場面に相応しい表情をしていたのは、ロジェだった。あたふたしながらリシュアの顔を覗き込み、不安そうに眉尻を下げる。その姿は本心から心配している彼の心境が窺えた。

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