第29話 サークレラ国王崩御(2)

 ライラはほとんど魔力を行使していない。精霊の力を使うのは精霊王にとって当たり前であり、片親から引き継いだ魔力は不要だった。ルリアージェが有能な魔術師であり、大きな上級魔術を続けて使用できる魔力量を誇ろうと、人族である以上限界は低い。


「頼む」


 素直に頷くルリアージェの手を握り、ライラは自らの周囲に結界を張った。余剰の魔力をリアにゆっくり流していく。出来るだけ魔力の波長を整えて、ルリアージェに負荷がかからぬよう気遣いながら、人が行使できる上限を超えて流し続けた。


 癒しの緑は魔法陣の形をとって、大地にひれ伏す人々を助け続ける。






「さて、こっちはいつでもいいぞ」


 ジルが指先に小さな魔法陣を呼び出す。詠唱も不要なくせに、わざわざ魔法陣を描くのは彼の自信の表れだった。手札を見せても勝てると宣言しているのも同じだ。


「なぜ僕と戦うの」


「リアが命じたからだ。お前をしろ、とな」


 排除と言う単語を強調したジルの思惑に気付く。彼はさきほど、銀髪の女に「この国や人間を傷つけるな」と命じられた。その言葉に従うのならば、威嚇して追い払うことで命令が遂行できるのだ。裏を返せば、国民やこの国を傷つけられれば、その時点でジルの負けだった。


 気付いてしまえば、何と言うことはない。己の優位を確信したトルカーネは、最初の動揺から立ち直っていた。上を見上げれば、先ほど叱りつけたレイシアやスピネーがいる。


 先手を取られたが、駒は揃っていた。


「スピネー、レイシア」


 ただ名を呼ぶだけでいい。これで察して動けないような配下なら要らない。2000年近く傍仕えをしてきた側近たちが、一歩引いた位置に降り立った。


 レイシアが攻撃用の魔法陣を呼び出す。規定の動作で呼び出せる状態で停止させた魔法陣は、レイシアの手に展開すると同時に氷の矢を大量に放った。ジルの周囲に降り注ぎ、倒れている人間を巻き込んで彼のプライドごとズタズタに引き裂くはずだ。


 口元に笑みを浮かべたトルカーネの思惑は、予想外の方向へ裏切られた。ジルは爪先で大地に魔法円を作り、左手に死神の鎌アズライルを握る。かつて世界を作り出した創造主である闇帝の武器であり、刈り取れないものはないと云われる鎌は、大きな三日月形の刃を見せ付けるように輝く。


 鎌の刃は長身のジルを覆って、まだ余りある大きさだった。アズライルを一振りするだけで生まれた盾が、すべての氷の矢を消し去る。溶かすのではなく弾きもしない。ただ存在しなかったように、掻き消えた。


「もう封印を解いていた、の」

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