第十章 サークレラ

第24話 花祭りでのご招待(1)

 4回の転移を終えて現れた場所は、路地裏だった。首都に入る門を潜っていないため、目立たない場所は助かる。きょろきょろ見回し、誰にも目撃されていないか確かめた。


「大丈夫よ、リア。結界を張ったから」


 軽く握った拳でこんこんと叩く。手を伸ばすと、すぐに薄いガラスのような透明の膜に触れた。


「痛っ、嫌がらせか?」


 長身のジルが頭を打ったらしく、少し屈む。そんな彼を笑うライラへ、ジルは爆弾発言をした。


「しょうがねえか。だからな」


「…成長期前なのよ」


「千年以上子供のフリしてるだろ、チビ」


「殺されたいの?」


「ヤレるなら殺ってみろ!」


 子供の口喧嘩にルリアージェは頭を抱えた。魔物相手のときは息ぴったりなのに、不思議なほど仲が悪い。放っておいたら、サークレラ国崩壊の事態を招きかねない……割と本気で。


「ライラ、結界助かった。もう解除してくれ」


「分かったわ、リア」


 結界をライラが解除すると、周囲のざわめきが聞こえてきた。姿だけでなく音も遮断していたようだ。街の喧騒が、祭りへの期待を後押しした。


「ジルも、祭りの前だから気を静めろ。ほら」


「ああ」


 ルリアージェが手を差し出したため、ジルは嬉しそうに腕を絡めて歩き出す。後ろから走り寄ったライラはさりげなく、逆の手を掴んでいた。何も知らずに見れば、若夫婦と子供のようだ。


「これは片付けておいてくれ」


 自分の収納魔術を使うと、一度結界を呼び出して荷物を積んでからまた仕舞う手間があるため、ルリアージェは遠慮なく灰色熊のコートをジルへ押し付けた。ウガリスは冬だが、サークレラは春だ。寒い季節が終わり花が芽吹いた国で、毛皮のコートは不要だった。


「はいはい」


 ぽんと空中に放るジルの手から離れた毛皮は、そのまま空中に飲み込まれて消える。


 裏路地を抜けると、大通りは真っ白だった。他の国では大通りに設置する街路樹や街路灯を、道の外側に配置する。歩道と車道を分ける意味もあるのだろう。両脇に樹木を植えるのは、街の中心に当たる大通りに限られていた。


 この国は逆だ。国名のサークレラは白い花の名前であり、その花が咲く木が大通りの真ん中に植えられていた。人や馬車は中央の樹木で左右に分けられる。右側通行を義務付けられており、左側に用がある時は街路樹の間を抜ける必要があった。

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