第23話 魔の森のお茶会(8)

 オレンジのケーキを半分に切ってルリアージェの皿におき、残った半分を手早く食べ終えると紅茶で流し込んだ。さっさとお茶の時間を終わらせ「ご馳走様」と挨拶して立ち上がる。


「失礼な動物を躾けてくるから、リアはお茶してて。ライラ、しっかり守れよ」


「任せて」


 請け負ったライラの返答にひらひら手を振り、ジルはふわりと浮いた。岩の横にいた魔物が飛びのくより早く、ジルの左手に現れた槍が叩き落す。


 突き刺さずに叩いた魔物は地に落ちて呻いた。槍が直撃した肩から胸にかけて、骨が折れたかも知れない。口から血を吐き出した。つくばった魔物の背を体重を掛けて踏んで、ジルは槍を肩に突き立てる。


「ぐあっ」


「誰の配下だか知らないが、お茶の時間を邪魔するなんて品がない。主の品格を疑うレベルの行為だぞ。大体オレを『悪魔』だと罵ったが、二つ名は『死神』だ。訂正しろ」


 躾けるという言葉通り、淡々と言い聞かせている。相手に理解させるためでなく、自分が満足するための説教なのが玉に瑕だが、突然殺害しなくなっただけ落ち付いた証拠だ。


 魔族同士のやり方に口を出すつもりのないルリアージェは、痛そうだと眉を寄せるが何も言わない。槍を放り投げて消したジルの指が、積まれた頭上の岩を指し示した。


「そもそも、上位魔性相手に物理攻撃は無効だ」


 ひょいと指を動かすと、岩が次々とどかされていく。森の木々の間に不自然な岩山が出来上がった。積んだ岩がぐらり揺らいだところに、ライラは無造作に言葉をかける。


「こっちへ転がっては嫌よ」


 精霊王の娘の言葉に従ったのか。岩は不自然な軌道を描いて転がった。重力や応力などを無視した、自然の摂理に反した転がり方で大地にめり込む。


「ほらな?」


 幼子に言い聞かせるように笑って肩をすくめる。頭上の岩がすべて片付き、再び木漏れ日がテーブルの上に降り注いだ。明るくなってテーブルの上に並んだ菓子を引き寄せ、ルリアージェは次に食べるタルトを選んでいる。


「死ね!」


「囮に引っかかったな」


 直後に現れた魔族が木漏れ日の間から落ちてきた。上にはまだ魔法陣が残っている。ならば何も心配はないとルリアージェが苺のタルトを手に取った。


「リアって人間なのに、すごく度胸がすわってるわよね」


 普通は咄嗟に迎撃の態勢を整えようとするし、頭を庇うような仕草をする。結界があるのを理解していても、頭上から襲ってくる魔族を無視して菓子を食べる姿は『人族の普通』からかけ離れていた。


「ジルの結界だぞ?」


 言葉の中に滲んだ信頼に気付いたライラは驚いた顔をして、くすくす笑い出す。少女のふさふさの尻尾が左右に大きく揺れていた。どうやら機嫌がいいようだ。


「本当に変わってるわ」

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