第21話 歴史とは捏造された小説で(4)

 まだレンの話は途中だった。当事者から聞かされる話が、自分の知っている歴史と違うからと否定してはならない。反射的に飲み込んだ声はすこし零れたが、レンは肩を竦めただけ。ルリアージェの反応をレンは予想していたのかも知れない。


 アスターレンで着替えた桃色のドレスの袖が、僅かに紅茶に触れてオレンジ色に染まった。


「神族は人間と同じ方法で子孫を残す。だが不老長寿の影響か、欲が薄くてね。滅多に子供は生まれなかった。年老いず長生きする彼らにとって、時間はひどくゆっくり流れていたんだろう。だから種族としての数は多くなかった。ただ精霊を使役できる神族は、それで足りていたんだ」


 生活や都市を維持する機能を精霊に委ねれば、神族の絶対数が少なくとも問題は生じない。子供を生んで育てなくても、死んでいく同族がほぼゼロなので危機感もなかった。


 ジルの手が震えた。冷たい指先に力が篭もるが、すぐに大きく深呼吸して力を緩める。あまり聞きたくない過去の話に、ジルは椅子の背もたれに寄りかかった。


「数の少ない神族は警戒心が薄い。人間とも良好な関係を築いていたから、騙されて一人、また一人と狩られてしまった。神族には決定的な弱点があり、それを上手く利用した人間が狡猾だった」


「甘いんだ、連中は。あんなにオレが忠告したのに」


 離れてしまった冷たい指が、震えながら彼の目元を覆う。吐き捨てたジルの声はわずかに掠れていた。気遣わしげな視線を向けるリオネルとルリアージェをよそに、ライラは続きをさらう。


「あたくしも忠告したわよ、笑われたけど」


「神族は己の強さや人間を信じていた。だから連れ去られた仲間も数年すれば戻ると、楽観していたのさ。囚われた仲間が惨殺されたとも知らずに、な」


 レンはそこで言葉を切って紅茶を口にする。胸糞悪い話だと呟いて、彼は溜め息を吐いた。それぞれに思うところがあり、甦った当時の記憶を反芻しているようだ。


「アティンの皇帝は、神族の不老長寿が欲しかった。その力の源を『血』だと考え、捕まえた神族の背の羽を切り落として、塔に吊るした。滴る血を浴び、飲み、体中に塗りたくった。もちろん、そんなことで永らえるわけがない」

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