第21話 歴史とは捏造された小説で(5)

 精霊は翼ある一族に従う。翼を切り落とされた神族は、ただ霊力が高いだけの人間と同等だった。翼のない神族に精霊は従わないのだから、逃げ出す術などなかったに違いない。牙と爪を折られた狼をなぶるごとく、美しい一族は痛めつけられたのだ。血を絞り取るために。


「効果が現れないのは血が足りないから、そう考えた皇帝の命令で白い粉が作られたの。あれはね、殺された神族の骨をすりつぶしたものよ」


 言われた言葉が理解できず、ルリアージェは思わず立ち上がった。反射的な行動にテーブルがゆれ、目の前の紅茶が零れる。倒れかけたカップを指先の魔力で留めたジルが、心配そうに立ち上がってルリアージェの手を取った。


 背に翼ある一族が神族ならば、ジルは神族の血を引く最後の末裔だ。エスコートするように手を取った男を凝視したルリアージェに、彼は座るように促した。


 再び着座したところで、リオネルが新しいカップと紅茶を用意する。無言で作業を終えたリオネルは赤い瞳を伏せて、ジルを視線から外した。彼はきっと、当時のジルの荒れようも傷ついた状況も知っているのだろう。


「同族の骨粉は体内の霊力を乱して引き裂く。あれは猛毒と同じなんだ」


 ジルが説明を付け加える声は掠れたままで、無言でルリーアジェは掴んだ手に力を込める。しっかり握った手は、先ほどと同じく冷たいままだった。


「粉を撒いて次の神族を拘束し、血を絞り取って殺す。その死体から得た粉でまた神族を……繰り返された虐殺に、神族は成す術がなかった。不老長寿であっても、不老不死じゃない」


 レンは話を続ける。


「そして神族は全員狩りつくされた、混血のジルを残して全員だ。交じりの法則ってのがある。人間は魔性や神族と子を成せる。だが神族と魔性は交われない。精霊は神族に近いが、魔性との間に子を成した事例はあるけどな」


 意味深にレンがライラに視線を送った。心得たようにライラが後を引き継ぐ。


「あたくしは地の精霊王と上級魔性の子供よ。まったくの偶然の産物だと思うけれど」


 先ほどそんな話を聞いていたので、ルリアージェは静かに頷いた。なにやらジルの過去より壮大な話になってきた気がする。しかしレンが順序だてて説明するからには、何か理由があるのだろう。


「凝った魔力が意思を持つと魔族が生まれる。当然だが生存競争が激しい弱肉強食が信条だから、殺されては発生するの繰り返しだ。で、リオネルは上級魔性同士から生まれた珍しいケースだ」


 静かに頷くリオネルの高い能力は、どうやら両親から引き継いだものらしい。魔王に匹敵する魔力があり、一時は4人目の魔王候補に挙がったと聞いたことを思い出す。


「おれは上級魔性として生まれて傍観者になったから、たいした魔力はふるえない。問題はこいつだ」

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