第21話 歴史とは捏造された小説で(2)

 レンが横から口を挟む。その言い分は、殺されるから会いたくないと駄々を捏ねた姿から想像出来ないほど、親しげだった。


 実際は寒くも暑くもないのに、広すぎる天井と黒い床の所為で冷えた印象を与える部屋で、ルリアージェは両肩を自ら抱いた。知ることに恐怖を感じたのは、初めてかもしれない。知らない恐怖より、知ったら戻れないと本能が警告していた。


「失礼」


 ジルが空中から取り出した毛皮をふわりと肩に掛けてくれる。どこかの貴族のクローゼットから失敬したらしく、ほんのりと白粉の匂いがした。


 どこから持ってきたと咎めようとして、ルリアージェは首を横に振る。そんな瑣末事さまつごとに気をとられている状況ではない。今はジルと向き合う必要があった。


「私はただの人間だ。お前の主に相応ふさわしくないだろう」


「相応しいかはオレが決める」

 

 堂々と言い切ったジルが身を起こした。黙っていたリオネルも同様に立ち上がり、振り返って手を振った。一瞬で呼び出したテーブルと椅子のセットに、慣れた様子で紅茶をセットし始める。そのポットやカップも空中から取り出す姿は、これが彼らの日常なのだと物語っていた。


 出会ってからずっと、ジルは人間と同じような行動をとっていた。魔力で火をつけた鍋で湯を沸かし、茶葉を入れた器のお茶をカップに注ぐ。旅人はそうやって茶を飲むのが普通で、荷物を減らすために余計な道具を持たない。


 旅の途中、茶葉を漉して飲むポットをジルは使わなかった。だから最初は、彼を人間だと判別したくらいだ。


 この場にいるのは、すべて魔性や精霊の血を引く人外で……人間はルリアージェだけ。見回した部屋は、上級魔性の中でも最上級の能力と魔力を誇るジルの居城。不思議な感じがした。まるで夢の中にいるようだ。それも非常識で突拍子もない夢。


「どうぞ、ルリアージェ様」


 貴族の執事のように優雅な仕草で、リオネルが椅子を勧める。引いて待つ椅子にそっと腰掛けると、当然のように給仕が始まった。右隣に腰掛けたジルがひょいっと空中から焼き菓子を取り出す。


「あら、あたくしもお気に入りの菓子があるのよ」


 ライラも同様に、どこからか皿に盛られた菓子を持ち込んだ。鮮やかな果物が彩るタルトの皿を置いて、左隣に陣取る。肩をすくめ、ジルの隣にレンが腰掛けた。全員にお茶を淹れると、残った椅子にリオネルが落ち着く。


 魔王を倒せる男の居城でなければ、ごく普通のお茶会の風景だった。


 紅茶のカップを両手で包み込むようにして、ルリアージェはジルを見つめる。テーブルの上に置いたジルの手が握られ、すぐに解かれた。緊張している仕草に見える。

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