第八章 捏造された歴史

第21話 歴史とは捏造された小説で(1)

「ジル」


 掛けられた声に、黒衣を捌いて膝をつく。死神と呼ばれた最強の魔性が、己の城の広間で人間にひざまずいた。その光景にライラは瞬きを繰り返す。


 信じられない光景だった。


 最強と謳われる実力に見合うプライドの高い男だ。誰にも膝を折らず、3人の魔王を相手にしても不敵な笑みを浮かべて戦った。その実力の高さ故に、ライラが敵に回ったと聞いても「好きにすればいい」と笑ったくらいだ。


 他者に弱みを見せず、誰にも膝をつかない――それがライラの知る『死神ジフィール』だった。


「私の問いに答えていない」


 断罪する響きに頭を下げたジルが、ルリアージェのドレスの裾を掲げて何か小声で呟いた。その声は響く室内に残らず、唇の動きだけで消えていく。その背後でリオネルが同様に膝を折った。


「ルリアージェ、すべて……知りたいの?」


 紫水晶の瞳が問いかける。すべてを受け入れる覚悟があるのか、問うたジルへルリアージェは逡巡した。僅かな迷いは、すべて話させることへの躊躇いだ。彼が話してくれるまで待つつもりだったのに、あまりにも状況は一度に動きすぎた。何も知らないまま、彼の足手まといになるのは嫌なのだ。


 ただ護られて、敵に弱点とみなされ狙われる立場に甘んじるには、ルリアージェは気丈だった。上級魔性と比べるべくもないが、人間という括りの中で実力を誇った魔術師だ。護られるだけの存在であっても、足を引っ張る重石になりたくない。


「私はお前の、何だ?」


「唯一の主で、オレの存在意義だ」


 微笑すら浮かべて即答するジルの長い黒髪が背からすべり、黒い床に触れる。まるで床と同化したような漆黒の衣と髪がジルの白い肌を縁取っていた。本当に美しい姿だと思う。美形は母で見慣れたと思っていたが、まったく別種の美しさがある。


 大災厄として恐れられ封印された実力も、掛け値なしに世界最強だ。他の魔性を寄せ付けず、一蹴して退けた。これだけの力があれば、望みなどすべて叶えられる筈だった。ジルがこうして人間風情の自分に膝をつく状況が、ルリアージェは理解できない。


「なぜ……」


 何故、私なのか――掠れた声の続きを悟ったジルが、まっすぐにルリアージェの目を見つめた。


「ルリアージェだから、だよ。他の奴が封印を解いたら殺してた」


 嘘をつかない魔性の残酷さで、さらりと本音を口にする。その姿にライラが苦笑いして歩み寄った。背中で長い三つ編みが踊る。


「まさか、ジルが主を持つなんてね。どちらかといえば、主となる方でしょうに」


「ライラの言い分もわかるけど、コイツは存外尽くすタイプだぞ」

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