第18話 幻妖の森の迷子たち(7)
「それで、何故こちらへ?」
直球で尋ねながら、リオネルは足元に魔法陣を開いた。転移に使う陣ではない。シンプルな文様を読み解こうとするルリアージェの目の前で、魔法陣があった場所に黒い穴が現れた。魔法陣自体は白い光で浮いたまま残っている。
砂になった魔性を無造作に穴に放り込んで閉じるリオネルは、一仕事終えた後を確認して向き直った。褐色の肌を縁取る金髪が魔法陣の残光に煌く。
「迷子になった」
けろりと投下された爆弾に、リオネルは首を傾げた。言われた意味がよく理解できない様子で、続けられるだろう主の発言を待つ。
「だから、迷子」
繰り返された単語に目を見開き、ついで盛大に溜め息を吐いた。頭を抱えて嘆く仕草は、ひどく人間くさい。
「迷子の中身の説明を求めても?」
「最初はレイア湖畔へ座標をあわせたが、転移したら幻妖の森だった。おかしいよな、座標がずれてるみたいだ」
さらに頭を抱えたリオネルが、諭すように説明を始めた。
「おかしくありません。1000年経って、湖が同じ場所に存在すると思う貴方が間違っていますよ。そもそも幻妖の森は移動するものです。1000年間同じ場所にいる筈がないでしょう。亜空間や固定座標の空間以外は、ズレていると考えてください」
そこで口を噤み、きょとんとしている主の姿に肩を落とした。ぜんぜん理解しようとしていない。仕方なく話の方向性を変えてみる。
「なぜ転移先の調査を省くのですか」
「面倒じゃん」
一言で切り捨てた黒衣の主は、隣の美女の銀髪を指で梳いている。あまり真剣に捉えようとしないが、転移先の現状も確認しないで飛ぶのは、彼くらいだろう。
いくら魔性が丈夫で死ににくいとはいえ、岩の真ん中や空気がない場所で潰される可能性はゼロではない。ましてや大切な主である人間を連れているなら、もう少し慎重に転移先を選ぶべきだ。もっとも転移先寸前で座標を捻じ曲げる無茶苦茶な芸当が出来るから、余計に手を抜くのかも知れないが。
「貴方が調べようと思えば、願う程度でしょう。魔力をほぼ使わないのに手を抜くなど……」
「お説教はストップだ」
「ジル、ここはどこだ?」
ジルの黒髪を引っ張って注意をひくルリアージェは、きょろきょろと周囲を見回した。風の渓谷と呼ばれる切り立った崖と、下を流れる僅かな川で構成された地形は絶景だ。渓谷の中ほどに浮かんだまま、彼女は足元の透明な床を不思議そうに踏んでは確かめた。
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