第17話 歪んだ悪意(9)

 腰に腕を回して抱き寄せるジルが、笑みを消して左側を睨みつける。直後、飛来した矢を翼の羽ばたきひとつで地に落とした。


 敵対行為による攻撃だ。並みの魔物相手なら効果があっただろう。しかしジルに意味はない。大災厄である彼にとって、攻撃と呼べるレベルに達しておらず、そよ風と変わらなかった。


 実害がないから許されるわけはなく……人間は愚かにも、蟻が獅子に立ち向かう程度の実力でケンカを売る。踏み潰される未来が待つだけというのに。


「化け物がっ!」


「死ね!!」


 魔術師が作り出した風の魔法陣内は、風の魔術に影響される。その魔法陣から放たれる矢は、通常の飛距離を超えた遠方からの攻撃を可能としていた。ましてや魔術により標的への命中率を高めた矢は、狙い過たずに彼らに降り注ぐ。


 しかし彼らは失念していた。精霊は翼ある者に害をなさない。魔法陣と術式で強制的に精霊の力を引き出す魔術より、霊力で精霊達を使役する神族の御技みわざの方が強いのだ。


 魔力で無理やり理を捻じ曲げる魔法だとて、神族の精霊使役には敵わない。ならば、人間ごときの微細な魔力が神族の翼を持つジルに勝てる筈がなかった。


「ほらな? 助けても人間はこうやって攻撃してくるだろ。他人を妬み、恨み、的外れな八つ当たりで恩を仇で返す種族だ」


 呆れ顔でルリアージェに肩を竦めるジルは、風の精霊に命じることすらしない。圧倒的な力の差がそこにあった。


 風の精霊は翼ある者に従う。人間が魔術の術式で縛れるのは下位の精霊達までだ。上位の精霊ほど力に溢れ、使役が難しくなるのは世のことわりだった。


「ひっ……こ、殺さないと」


 必死で魔術師が炎を作り出す。火球を練り上げて放つが、届く前に四散した。ジルは翼すら動かさず、宮廷魔術師の攻撃を無効化したのだ。僅かに暖かい風が頬を撫でただけ。


「ジル、確かに人間は愚かだが……私も人間だぞ」


 落ち着いたルリアージェの切り返しに、青紫の瞳を見開いたジルは次の瞬間大笑いした。腰にまわした手を解き、腹を押さえて大笑いする。乱れた黒髪が地に触れても気にせず、翼を揺らして笑った後。


「お前が『人間に生まれた意味』がわかった」

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