第17話 歪んだ悪意(10)

 そう告げて黒髪を掻き上げた。背で揺れる髪を無造作に高い位置で結わえる。ジルの白い指が宮廷魔術師の魔法陣へ向けられ、軽く弾くように動いた。


「面倒だから殺すか」


「やめておけ」


 本気で言ったわけじゃないジルに気付いて、呆れ顔でルリアージェがたしなめる。ひねくれて取り扱いの難しい男だが、基本的に血を好むタイプではなかった。面倒ごとを嫌がるくせに、相手の逆鱗げきりん逆撫さかなでして騒動を大きくする性格であっても。


 足元に展開させていた魔法陣が、パリンと乾いた音で砕け散る。身を守る魔法陣を失った魔術師が青ざめた顔で、じりじり足を引いた。射手や剣を構えた騎士達も互いの顔色を窺いながら後退る。


 魔術師は己の魔術に絶対の自信を持っている。それは強い魔術かどうかではなく、作り出した魔術を制御し利用する技術に対して、確固たる自信があった。


 そうでなくては、魔術など扱えない。


 彼らの不確かな自信を、魔法陣と一緒に粉々に砕いてみせたジルは、気が済んだのか。ルリアージェを抱き上げる。いわゆるお姫様だっこだ。


「どうした?」


 大した動揺も赤面もない美女に少し落胆しながら、ジルが周囲を見回した。


「これ以上絡まれる前に消えるぞ。元に戻してやったのに攻撃されるのは、不条理だろ」


「壊したのもお前だ」


「全部オレが壊したわけじゃないぞ」


 言い合いながら、ジルがぽんと爪先で地面を叩く。爪先がふれた地点から小ぶりな魔法陣が広がった。立っているジルを覆う程度の大きさしかないが、複雑な文様が広がる。


 直後、彼らはアスターレンの地から離脱していた。






「街が! 王宮が元に!!」


 駆け込んだ騎士の言葉を聞くまでもなく、王族も現状を理解していた。壊れて無残な姿を晒していた謁見の間は、以前の荘厳な姿を取り戻す。


 まさに奇跡そのものだった。瞬く間に整えられた王宮はもちろん、焼け焦げた庭も美しい姿を月光にさらす。何も起きなかったと言わんばかりの変貌だが、謁見の間の入り口に寝かせた死者が真実を物語る。彼らは甦らなかった。


 魔性達による攻撃は現実であり、死者がでたのも事実だった。外側の器を元に戻しても零れた水は戻らない。


「兄、うえ」


 手を伸ばす弟へ歩み寄り、喉をつきかけた汚い言葉をかみ殺す。ぎりりと歯が苛立ちの感情に音を立てた。表面だけ、外の器だけでも取り繕う必要があった。

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