30.***苦悩***
まだ解けぬ闇の中にある友を想う。僕は本当に恵まれていて、彼は常に苦痛と嘆きの中にいた。助けの手を伸ばしたくて、彼を地上に引き留めた罪は自覚している。地獄に落ちても当然だと思うが、落ちたら彼は助けに来そうだと苦笑いした。
橙色の花の名を持つ山吹は、曇った空を見上げる。
鬼の子と蔑まれながら、
「まだ暗いのでしょうか?」
「ええ、夜には月が顔を見せてくれるでしょうが」
近くに女房が控えているので、御簾の奥で
陰陽師は当然に行う伏せた隠語での会話だが、これは公家であっても同様に
「では夜に音を合わせて、月を讃えましょう」
「それはまた雅なことだ。瑠璃の琴の音が届くよう、笛を重ねさせていただく」
夜の約束を交わした山吹がぱちんと扇で音をさせた。人払いの合図に、女房たちが静々と場を離れる。声が聞こえない距離で控える彼女達は、帝が溺愛する姫と2人になりたいと願ったように見えるはずだ。
「ねえ、瑠璃。僕はもう真桜が傷つくのを見たくないんだ……約束したのにね」
酷い友人だと思わないか? 苦しむ友人を見たくないのは本心だ。でも彼が地上に残った原因が自分との約束だと理解しながら、真桜が傷つくなら帰ってもいいと考える。身勝手な人間という存在に吐き気がした。
今回の呪詛もそうだ。人は簡単に他者を羨み、妬み、嫉む。神の子である真桜には理解しがたい感覚だろう。
帝の血を引く子を己の娘に生ませたい。そのために妻である瑠璃を呪殺しようと画策し、血塗れの手で愛を強請る。いくら外見を磨こうと、内面が醜く穢れた姫君に興味はなかった。
天津神の血が濃く受け継がれた山吹にとって、穢れは物理的な痛みや恐怖を伴う。彼女達との間に子を成す行為は成立しなかった。
「約束は約束。違えては、さらに嘆かれますわ」
扇で顔を隠した美女は、長い金髪を几帳の端から覗かせながら忠告する。
たとえ自らが生きたまま裂かれる苦しみを味わおうと、あの男は山吹との約束を守ろうとするだろう。狡猾に罠を張り巡らせ、敵を排除して、呪詛を退けるくせに――本質は真っ直ぐな不器用者だから。逃げて助かる道が見えていても選ばないと断言できた。
「そうだね。僕が先に根を上げたら、きつく叱られてしまう」
見上げる先で、雲がわずかに裂けて陽をこぼした。紫雲が降りてきそうな、幻想的な光は鎮守神を祝福するように地上へ降り注ぐ。闇に鎖された屋敷に、光の恩恵を与えるように。
「ああ、天の光まで彼を望むのだね」
くすくす笑う山吹は、今夜訪れるであろう友人を持て成すために立ち上がった。
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