27.***獣闇***

 屋敷を闇で隔離してしまったため、外の状況がわからない。屋敷内にいる子供達の安全を確かめるため、重い身体を引きずって立ち上がった。


「藤姫」


 護り手と主の間に結ばれる絆は強く、時間や空間を無にする。障害のない呼びかけに、美しい黒髪の女性が応じた。


『真桜さま、彼らは無事ですわ』


 優しい主人が心配する存在を抱きしめ、2人の幼子を連れた藤姫がふわりと現れた。彼女自身が闇の神族に近い影であるため、息苦しさを感じることはない。しかし子供達は光の側の存在だった。


 闇に心を病んだりしていないか。不安を見透かした藤姫は、抱きしめた子供達をそっと横たえた。彼女の結界で包まれた糺尾くおん藍人あいとも眠っている。


『眠らせました』


 強制的に意識を奪ったと告げる彼女の判断は正しい。いくら闇と光を操る陰陽師になる素質があっても、彼らに真っ暗な闇は恐怖だろう。ある意味、素質があるからこそ片方にかたよった現状に不安を抱くはずだ。


「助かった。気遣えなくて悪いな」


『お気になさらず。彼らを任された以上、これは私の領分ですわ』


 子供達を愛おしそうに見つめる藤姫に、真桜は安堵の息をついた。父王の判断で新しく追加された護り手だが、彼女がいてくれて良かったと思う。


『……真桜?』


「体調はどうだ? アカリは光の神だから辛いだろう」


 眉尻を下げて申し訳ないと呟けば、周囲を見回したアカリはふわりと笑った。


『いや、お前の気に囲まれて心地よい』


 張られた結界を指先でなぞり、アカリは整った顔を綻ばせた。それだけで闇の空間が明るく華やかになる。


「そろそろ、黒葉が戻るか」


 眷属の気配を探り、真桜は重い溜め息を吐いた。この空間ならば、域をけがす心配も要らない。闇の奥津城おくつき、父王の領域と同じ空間だった。


 国津神の最高神である神王が住まう領域は、人を狂わせる闇の中にある。息子である真桜が呼び出した空間により、都の鎮守社ちんじゅしゃは守られたが、同時に都の護りは薄くなった。どちらも選ぶ余裕がなくて、鎮守社を優先したのは真桜の判断だ。


 都がすぐに滅びる心配はない。鎮守社が機能せず、徐々に食い荒らされる可能性はあっても、即日滅ぼされるほど甘い護りではなかった。


 鎮守社も鎮守神も、あくまでかなめに過ぎない。ひとつが失われても、残りが機能するよう綿密に計算された都の神社の配置は、真桜不在の都を護る完璧な布陣だった。


「何か、連れている?」


 封じた闇に満ちた神力が、つぶさに状況を伝えてくる。手に取るように、帰ってきた黒葉くろは華炎かえい華守流かるらの様子がわかった。目の前で見た光景さながら、真桜は受け取った情報に口元を緩める。


「元凶と長縄か。立派な土産だ」


 くすっと笑った真桜の赤紫の瞳がさらに赤みを増す。闇の神族としての面が強く出れば出るほど、瞳の色は本性の姿に引きずられる。


『真桜様、お待たせいたしました』


 長縄たる蛇神へびがみを差し出す式神達へ、微笑んで頷く。横たえられた蛇は淀んだ黒い血を流しながら、突き立てられた短刀から逃れようと暴れた。


蛇神じゃしんか、元は美しき白蛇しらへびであった姿が嘘のようだ。戻れるとしたら、代償に何を払う?」


 国津神の次代である真桜の声に、暴れるのをやめた蛇は長い舌を覗かせながら嘆願する。


『我のもつすべてを』


「一度は我が誘いを蹴ったというに」


 神としての人格が前に出て、真桜の表情に傲慢さが浮かんだ。普段は見せない一面だが、この場に驚く者はいない。


『次代神王が申されるまま従う』


 首を垂れた蛇に、真桜は穏やかさとは正反対の獰猛な獣に似た表情で手を伸ばした。

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