10.***守袋***

 新たな勾玉は青みがかった乳白色をしていた。月と夜の女神月詠つくよみが纏う衣と言われる美しい色を手の中で転がし、真桜は複雑な心境を誤魔化すように溜め息をつく。


 自分が引退するため弟子を取っただけなのに、どうして騒動に巻き込まれるのか。幸いにして2人も優秀過ぎるほど素質溢れる子達だが、この騒動が大きくなる予感に己の運命の複雑さを思う。人と神の間に生まれた時点で、あれこれ悩むのはやめたつもりだったが……。


「こちらも戻ってきた」


 天照大神につながるだいだい色の勾玉を指で摘まんだアカリは、無造作にそれに紐を通して首にかける。差し出された手に月の勾玉を渡せば、同様に紐を通してから返された。


「これらは守護になる。身につけておけ」


 これから災いが降ると予言が出た以上、身を護る術は必要だ。アカリの言い分に、真桜が眉をひそめた。状況的に災いが降る先は、自分達ではなく子供達ではないのか? だとしたら、これは子供達の首にかけるべきだろう。


「なあ、藍人と糺尾にかけた方がいいんじゃないか?」


「無理だ。彼らでは


 神族の膨大な神力が宿る勾玉は、霊力の足りぬ人にとって害になる。強すぎる薬が時として毒になるように、彼らはまだ勾玉の持つ力を受け流す術を身につけていないのだ。


 制御できぬ者が身につければ、溢れ出た力に呼び寄せられた妖に襲われる可能性があった。じわじわと己を苛む強すぎる力は、きっと幼い彼らの心身を衰弱させてしまう。アカリの否定を理解した真桜が苦笑いして、考えを巡らせた。


 彼らがどこまで己の身を守れるか試す意味でも、手助け程度の術で構わない。守りすぎれば弱くなるのが人だ。あの子達が純粋な人でなくても、成長の芽を摘むような真似はしたくなかった。


「そっか……じゃあ、別の護りを与えるか」


 守護札を入れた守り袋を袂に入れるよう言い聞かせるつもりで、真桜は痺れた手足を動かす。霊体を強制的に抜き出された弊害で、多少の痺れが残っていた。こわばった身体を解し、机の札にさらさらと墨で書きこんでいく。


 複雑な文様と流れる文字を記した手元を覗き込んだアカリは、ゆっくりと瞬きした。守護の札ではあるが、これはかなり変則的だ。


「これでよいのか?」


「ああ、これでいい」


 互いに内容に触れずに会話を終わらせ、墨が乾いた札を複雑な形に織り込んでから小さな袋に入れた。美しい錦の袋は、陰陽寮に守護札を求めてくる公家用だ。彼らが身につける守り袋として、常に用意されているものを使用した。


 長い紐を用意して、子供が首からかけられるように調整する。


「疲れたし、今夜も神降ろしがあるから帰ろうぜ」


 軽い口調で仕事を切り上げる真桜が立ち上がり、ふらふらと歩き出す。身体の不自由さがまだ残る彼の不安定な様子に、くすくす笑いながらアカリが後ろから腕を取った。


なら、我に掴まるがいい」


「これはこれは、恐縮の極み」


「星読みも手伝ってやろう」


 ふざけた物言いで帰宅する2人の姿に、他の陰陽師達は空を見上げる。ここ数日曇りの夜が続き、きちんと星読みしていなかった事実を思い出した。星読みに現れる神託は、国の未来を左右する。陰陽師にとってもっとも大切な仕事のひとつだった。


 庇の先から見えるどんよりした曇り空に、陰陽寮の職員は顔を見合わせた。


「そうだ、我らも夜の星読みがある!」


「星読みは徹夜だ」


「もう帰ろう」


「陰陽寮の一番大切な役目だからな」


 釣られた陰陽師が一斉に帰り支度をはじめ、さっさと職場を後にする。その一刻後、公家からの依頼を手に現れた青年が見たのは、誰もいないがらんと静まり返った陰陽寮だった。

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