4.***地祇***
三日月の空を見上げ、ぐるりと南西へ視線を向けた。今宵は特別な夜だ。北東の方角で鬼の門が開き、一部の亡者が地上に還る。お盆とは違う意味で、先祖が
「さて、どこで見張るか」
「真桜、鬼の王が協力してくれそうだ」
袖を引くアカリの視線を追うと、
「酒を用意しないといけないかな?」
「それならば、我が持っているぞ」
酒が入った
『俺ではないぞ』
「華炎だなんて言ってないだろ」
じっと見つめる視線に勝てず、思わず自白した華炎に肩を竦めて笑う。華守流がこっそり笑みを浮かべるが、睨みつける華炎に気づくと表情を隠した。
生温い風が吹く。気味の悪い風に眉をひそめて周囲を窺う。しかし異常は感じられなかった。気のせいだと自らに言い聞かせて、真桜は溜め息を吐いた。
「嫌な風よ」
同じように感じたアカリが言葉をこぼす。しかしすぐに表情を和らげ、
術に使った式紙を散らして、真桜は天若の隣に腰を下ろした。
「お疲れさん、今年も無難に終わればいいが」
「不吉な
昨年は大した問題もなく終わった。しかし一昨年は数人の魂が、己の子孫に憑りついたり脅かしたりして騒動を起こしたのだ。その後始末にひと月ほどかかった。
「まあそうだろうが……今年だけおれを呼び出した理由は?」
毎年開く三日月の鬼門から地上に戻る魂は、闇の神族たる
先祖の霊を身の内に宿し、
三日月の夜に予想される騒動を事前に防ぐのが、国津神の息子である真桜の役目だった。
「うーん、今年は間違いなく問題が起きるんだ」
「予言か?」
「問題が起きるように手配したからな」
にやりと笑う真桜の隣で、アカリは袖から取り出した平たい小皿のような杯に酒を注ぐ。手酌する彼の姿に、真桜が慌てて手を伸ばした。
「自分で注ぐなよ」
「話が終わるまで待てなかった」
基本が自分勝手なアカリのこと、咎められても気にしない。微笑んで杯を捧げるから、受け取った真桜が一息に飲み干した。振って水気を切り、杯をアカリに返した。
「ほら」
アカリの杯を満たしてやると、隣で自分の杯を取り出した天若が酒をせがむ。空の杯を揺らして待つ友人に苦笑いして、瓶子を傾けた。少し濁った酒を注ぐと、両側で勢いよく飲み干される。つんと鼻に届く酒気に頬が緩んだ。
「そんで、問題を起こす理由は?」
「九尾の美人に頼まれてね……我が子を預けたいんだとさ」
九尾は狐の妖怪の代名詞だ。長く生きるほどに妖力を溜めこみ強くなる。しかも九尾は最上級の狐妖怪を示す単語で、現在この国には1匹しかいなかった。
「へぇ、あの女狐が
いつ生んだのやら。そんな口ぶりの天若が二杯目を飲み干した。
渡された杯を干した真桜が、ふと気づいて瓶子を振る。中に入っている量と注いだ量が合わない気がしたのだ。そしてその予感は当たっており、振った瓶子はまだ大量に酒が残っていた。
どこから瓶子を持ってきたのか感づいた真桜の顔が引きつる。隣のアカリは軽く酔いが回ったらしく、少し外れた音の鼻歌で寄りかかってきた。
「アカリ、これ……」
「うん? ああ、天照大神の神殿から借りてきた」
本当に借りたのか、勝手に持ち出したのかわからない。
「明日返せば、バレないかな?」
「お前も毒されてきたなぁ」
天若の冷やかしを聞きながら、足元の門から出てくる魂を数える。華守流と華炎が見守る京の都に、地祇の先祖が散らばっていった。
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