26.***主導***

 すごすご戻った貴族達が次に訪れたのは、彼の陰陽師と懇意にしている今上帝の元だった。もともと騒動が起きた際に、帝は彼らに「あまり彼を困らせるものではないよ」と苦言を呈していた。さらに「噂の話の真偽を良く確かめるように」と重ねて忠告もしたのだ。


 無視して暴走した彼らを助ける義理を、帝である山吹は感じなかった。御簾越しに女房の触れをまって謁見した山吹は、見えないのをいいことに欠伸をして扇で口元を隠す。姿勢を崩して脇息に寄りかかった。


 ぱちんと女房が扇子を鳴らす音がする。


「急ぎの用とは、なんであろう」


 分かっている内容を問いかけるのは、彼ら自身の口から言わせるためだ。今後同じ間違いを犯さぬよう、冤罪で他の者を苦しめぬよう、戒める意味合いもあった。女房越しに伝えられた御言葉に、藤原家の権勢を笠に着ていた貴族が口を開く。


「畏れながら申し上げます。陰陽寮の者は己の職責を放棄し、吉野に『蟄居ちっきょ』したため…まつりごととどこおっております」


「蟄居? 我は命じておらぬが」


 友人である真桜に対する時と違い、硬い物言いをする山吹は陰陽師を犯罪者扱いする貴族に眉を顰めた。今の言い方では陰陽寮に咎があり、彼らが自主的に罪を償おうと閉じ篭ったと聞こえる。自分達の不始末を棚に上げて、よくぞここまで傍若無人な物言いができるものと呆れ返った。


 これが普段からの彼らへの接し方だったのだろう。身分に関係なく高い能力を持つ者を集めた陰陽寮を「鬼や妖と同等」に見下した状況は、山吹も知っていた。立場上、直接注意できなかっただけだ。不愉快に思っていたが、ここにきてまだ彼らは気付こうとしない。


 ――主導権は、陰陽師側にあるのだと。


「そも、職責を放棄の考えが間違っておる。勅旨を出して認めたのだから、身勝手な行為ではあるまい。ましてや彼らは最低限の仕事はこなしている」


 皇族や国の政に繋がる行事に関する仕事はきっちり終えていた。放棄したのは、貴族達への仕事のみだ。常に自らが優遇されて当たり前と思い込んできた彼らにとって、今回の反逆は予想外だったのだろう。


 権威や地位、金に頭を下げる連中しか相手にしてこなかった貴族の考えは凝り固まっている。己を正当化し、他者をけなし、より権力がある者に擦り寄って、皇家に寄生して生きてきた。


 公家という立場はかつて先祖が得た褒美であったが、裏を返せば、悪いことをすれば罰せられる。そして彼らは国津神の神王の息子と、天津神である天照大神の眷属という上位者に対して、非礼を働いた罰を受ける立場なのだ。


「陰陽師を私が重用したのは、才覚溢れる有能な者だから。そんな彼らを軽んじたのであれば、帝の言葉とはいかに軽いものか。無能を曝け出す愚か者には理解できないだろうけれど」


 さすがに辛辣に過ぎる言葉は、そのまま貴族に伝えられることはなかった。丁寧に漉して変換し、意訳した柔らかい表現で女房が苦労しながら伝える。


「そろそろ瑠璃と約束した刻限だね」


 絶句した貴族を無視して立ち上がった山吹は、扇で隠した口元が緩むのを戒めようとしなかった。

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