14.***呪穴***

 呪詛の残り香をたどった先で、真桜は溜め息を吐いた。術師はすでに失われ、呪術は力を得て動き出している。真っ黒な炭の上に座った真桜は、半透明の手で痕跡を探した。


 現在の真桜は幽霊と同じ、神族である時のアカリに近い状態だった。半透明の身体を持ち、物理的な攻撃は効果を成さない。霊的な攻撃のみ通じるが、それは神族として生まれ持った障壁に遮られ、ほとんどが本体に届かなかった。


 人間として行動するより素早く移動が可能で、霊的な感度も高くなる。ましてや彼自身が神族に分類されるため、今の彼を害せる存在は同族くらいだ。


「参ったな……」


 術師が死んだことで、術を返す方法がなくなった。返る先がないのろいを無理に返せば、それは回りまわって己に届くのだ。最悪の方法で尻尾を切った相手に舌打ちし、燃え尽きた炭から身を起こした。


 どろどろした感情の残滓が渦巻いている。


 吐き気がするほど強い感情が、天を呪っていた。真桜が国津神でなく天津神の連なりであったなら、この場にいるだけで苦痛に苛まれただろう。


 燃えた祭壇の形を頭の中で復元していた真桜は、見慣れた祭式に驚く。それは国津神の巫女であった母が作った祭壇によく似ている。基本的な形はほぼ同一、違うのは使われた札や植物くらいだ。


 大量の煙を出すために使われた松の葉や生木が燃え残っている。まだ熱を帯びた洞窟の壁は、儀式からさほど時間が経っていないことを示していた。


 ここまで天津神を呪う存在がいる事実に、真桜は疑問を覚える。この日本に昔から根付いた国津神は、基本的に穏やかだ。他者を呪うことはないし、流れにそって素直に天津神に座を譲った。そこに戦はなく、血も流れなかった。


 人間では理解しがたいが、国津神にとって人々の信仰を集める必然はない。人が信じなくては存在を保てない天津神と違い、土地や植物、天候、空気にすら存在意義を見出せるのが国津神なのだ。この国が滅び、人々がすべて絶えても、国津神は滅びない。


 新天地を求めて現れた天津神に人々の信仰が必須だと知り、国津神は共存を認めて天を譲った。高天原に座した天津神は人々に神託を行い、信仰を集めたのだ。国津神は微笑ましく彼らの行いを見守ったに過ぎない。


 そんな神々の想いを知らぬ祭司や巫女がいたとしたら、国津神の天津神に奪われたと勘違いした人間が暴走した可能性は否定できなかった。


「国津神の巫女……祭司が関わっているのか?」


『真桜様、この札は僅かに文字が残っています』


 左手の黒刃くろはが示した札の文字は見覚えがあった。考えられないことだが、不可能でもない。


「これは……オレの字だ」

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