20.***失閂***

 白い手を伸ばし、半透明の黒葉へ触れる。人形ひとがたを纏わぬ黒葉は金属のような赤銅の髪を揺らし、一礼して主の手をとった。


『アカリ様、華炎様も』


 同様に手を差し伸べられ、迷うことなくアカリも手を乗せる。眉を顰めたが華炎も続いた。


 黒葉の肩にかかる髪がふわりと舞い上がり、周囲を取り囲む真桜達の衣も風に揺れる。余波で作りかけの札が部屋に舞い散った。直後、彼らの姿は部屋から忽然と消えた。






 短い赤毛をぐしゃぐしゃ掻き乱し、大きく溜め息を吐く。手にした短剣で、目の前をすり抜けようとした魂を斬り捨てた。


『おい、逃がすなよ』


 金棒や太刀を手にした配下に命令を下しながら、次々と飛び出してくる魂を無造作に片付ける。斬った魂は二度と転生できず、地上を彷徨さまようこともない。単に消滅するのだ。


 できれば避けたい手段ではあるが、逃がすくらいなら消滅させるしかない。鬼門を管理するのは鬼の一族、天若の役目だった。ここを自由に通したとあっては、鬼の名折れだ。黄泉比良坂から抜け出た連中は、すべてならない。


 根本的な解決方法は、根の国と地上を繋ぐ大門を閉じることだった。門が閉じれば魂は通過できず、根の国に閉じ込めておける。門を閉じるだけなら、闇の神族が2人もいれば可能だった。


 問題は、かんぬきがないこと。


 鍵も錠も必要ない。閂があればいいのだ。なのに肝心の閂がないため、 大門は開いたまま魂が自由に行き来していた。


『参ったな、真桜がいれば』


「呼んだか?」


 黒葉を伴った真桜が小首を傾げる。喚ぶ声に惹かれて現れた友人の軽い口調に、思わず大爆笑してしまう。困った場面で名を呟いたら当人が現れるなど……都合が良すぎて夢のようだった。


 陽が沈んだ薄暗い時間帯、もうすぐ闇が支配する夜が来る。地の一族が力を増す夜闇が迫っていた。


『ああ、悪いが手を貸してくれ』


「いいぜ、黒刃くろは


 真桜が左手を伸ばす。指先に触れた黒葉の外郭が揺れて崩れ、煙のようにまとわり付いた。黒葉くろばの名を違えて喚ぶことで、守護者の中に封印された刀を呼び出す。


 鬼が持つ叩ききる太刀とも、闇王が持つ細身で片刃の黒い刀とも違う。反りがほとんどない刀は片刃だが、先端だけ剣のように両刃になっていた。黒い刃と名付けられた刀は、名が示す通り刃もこしらえも黒い。


 目の前を飛ぶ魂の緒を右手で捕らえて、左手の刀で消した。


「まず、目の前の脱走者を片付けようか」


 肩を竦めた天若に背を預けた真桜は、普段は絶対に見せない黒い笑みを浮かべた。

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